ジェームズ・アラン・「ジム」・バウトンは、野球選手、作家、俳優として活動した米国のメジャーリーグ選手で、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。投手としてメジャーリーグベースボールで名を上げ、1960年代前半にはニューヨーク・ヤンキースで際立ったシーズンを送り、その後、ベストセラーとなった日記形式の著作Ball Fourで率直な筆致を広く知られるようになった。1962年から1978年にかけては、ヤンキース、拡張球団のシアトル・パイロッツ、ヒューストン・アストロズ、アトランタ・ブレーブスを渡り歩いた。
選手としての経歴と投球スタイル
バウトンはメジャーでも早くから存在感を示し、1963年には21勝を挙げてオールスターにも選ばれた。腕の故障と不安定な成績に苦しんだ後は、ナックルボールを身につけて自分を作り直し、現役生活を延ばした。1969年のシアトル・パイロッツでの印象的な復活は、その代表例である。メジャーでの在籍は断続的だったが、先発から救援へと役割を変えながら、1970年代後半にもナックルボールを武器に再び大舞台へ戻った。
Ball Fourの内容と反響
パイロッツで過ごした1969年のシーズン中、バウトンはロッカールームの日記をつけ、それを1970年にBall Fourとして出版した。この本は、試合の観察、選手像、クラブハウスの実態を赤裸々に描き出した。当時の、取材対応を慎重に保つという慣行から大きく外れ、多くの読者や野球関係者に衝撃を与えた。論争も巻き起こり、バウトンは一時的に一部の選手や球団首脳から批判され、距離を置かれたが、やがてBall Fourはスポーツ・ジャーナリズムの画期的作品、そして選手自身が執筆した回顧録の先駆けとして評価されるようになり、記者と選手がプロスポーツの内側をどう語るかにも影響を与えた。
著者、俳優、起業家として
執筆だけでなく、バウトンは野球や人生についての書籍・エッセイを追加で発表し、放送の仕事にも携わった。また俳優としても出演し、とりわけロング・グッドバイでテリー・レノックスを演じ、同作を監督したロバート・アルトマンと関わったことが知られる。さらに、若いファン向けに噛みたばこを模した商品であるBig League Chewの生みの親の一人としても記録されている。バウトンは、スポーツの話題に文化的・政治的関心を重ねる公的人物でもあり、1972年民主党全国大会ではジョージ・マクガヴァンを支持する代議員を務めた。
評価と遺産
- フィールドでの成功と、場外での率直さを兼ね備えたまれな存在として知られる。
- Ball Fourはスポーツ文学の必読書として広く教えられ、引用されている。
- ナックルボールでの復活は、スポーツにおける再起の例としてしばしば言及される。
晩年と死去
現役引退後も、バウトンは何十年にもわたって執筆、講演、公の場での発言を続け、野球界と大衆文化の双方に関わり続けた。2019年7月10日、マサチューセッツ州グレート・バリントンでホスピスケアを受けながら、大脳アミロイドアンギオパチーの合併症により80歳で死去した。彼の著作と多彩な経歴――選手、回顧録作家、俳優、起業家――は、選手が自らの物語を語るあり方と、アメリカのスポーツ文化全体に長く影響を残した。
さらに読むための資料やアーカイブには、ヤンキースとパイロッツでのシーズン、スポーツ取材における公開性とプライバシーをめぐる議論、そして野球ファン文化につながるノベルティ商品の商業的な背景が記録されている。