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ホルヘ・マリア・メヒア ― ローマ・カトリック教会のアルゼンチン人枢機卿

ヨハネ・パウロ2世により枢機卿に任命されたアルゼンチン人ホルヘ・マリア・メヒア(1923年–2014年)の生涯、ローマ教皇庁での奉仕、教皇フランシスコ選出前後の出来事を解説する。

ホルヘ・マリア・メヒア(1923年1月31日–2014年12月9日)は、ローマ・カトリック教会のアルゼンチン人聖職者であり、後年の経歴の大半をバチカンの諸機関での奉仕に費やした。ブエノスアイレスに生まれ、アルゼンチンで育った後、教会の職務のためローマへ移った。2001年2月21日、教皇ヨハネ・パウロ2世は同年の枢機卿会議において彼を枢機卿に親任し、サン・ジローラモ・デッラ・カリタの助祭位聖堂を授けた。

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概要と教会内の位階

メヒア枢機卿は、教皇の上級顧問団であり選挙人団でもある枢機卿団に属した。助祭枢機卿としてローマの名義聖堂を有しており、これは枢機卿とローマ市を結び付ける慣例的なつながりである。枢機卿はしばしば教皇庁において行政、外交、司牧の職務を担う。メヒアがローマで長く務めたことは、そのような教皇庁での奉仕のあり方を示している。

主な日付と出来事

  • 1923年1月31日、ブエノスアイレスで出生(ブエノスアイレス)。
  • 2001年2月21日、教皇ヨハネ・パウロ2世により枢機卿に親任(ヨハネ・パウロ2世)。
  • 同じアルゼンチン人であるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が教皇に選出された2013年3月13日に心臓発作を経験(教皇フランシスコ)。
  • 2014年12月9日、ローマで91歳で死去。

経歴と貢献

メヒアは数十年にわたりバチカンの組織内で活動した。これは、行政、学問、あるいは司牧上の調整を主な任務とする多くの枢機卿に典型的な経歴である。教皇庁内の具体的な役職はさまざまであるが、この種の経歴には、各国の司教との交流、教会文書の刊行、シノドス、教省または委員会への参加がしばしば含まれる。枢機卿への任命は、生涯にわたる奉仕と教会の上級顧問としての役割を認めるものであった。

背景と遺産

枢機卿団に加えられたアルゼンチン人として、メヒアは世界的なカトリック教会におけるラテンアメリカ指導者の幅広い存在の一部であった。2013年、もう一人のアルゼンチン人であるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が教皇フランシスコとなった、教会史上注目すべき一章と彼の生涯は交差した。この出来事には個人的かつ国民的な意味合いがあった。ローマでのメヒアの死は、国境を越える長年の教会奉仕に一区切りを付けたものであり、着実な教皇庁での職務とローマの名義枢機卿としての役割は、死亡記事や教会記録に記されている。

生涯と奉仕した諸機関については、以下の機関略歴およびバチカンの発表を参照。アルゼンチンの人物紹介カトリック教会の背景、ならびに枢機卿親任時と死去時の追加告知(出生地枢機卿親任2013年の出来事)。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com ホルヘ・マリア・メヒア ― ローマ・カトリック教会のアルゼンチン人枢機卿

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/51094

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