走行側(右側通行・左側通行)とは、道路上で自動車などの車両が通行する側を指します。国や地域ごとに「車は道路の右側を走るのか左側を走るのか」が法律や慣習で決められており、このルールにより交通の流れが統一され、正面衝突のリスクが低減されます。現在、世界の人口の約66.1%が右側通行の国に、約33.9%が左側通行の国に住んでいます。

用語の注意

「走行側(右側通行・左側通行)」と「ハンドルの位置(左ハンドル=LHD、右ハンドル=RHD)」は別の概念です。一般に、左側通行の国では右ハンドル車(RHD)が多く、右側通行の国では左ハンドル車(LHD)が多いですが、一致しない場合もあります。旅行や車両輸入の際は、この違いを必ず確認してください。

世界の実情と例

左側通行を採用している国の多くは旧イギリスの植民地ですが、植民地でなかった国でも左側を採用した例があります。本文中で既に挙げられている国には、日本タイネパール、ブータン、モザンビーク、ガイアナ、スリナム東ティモールインドネシアが含まれます。

ヨーロッパでは、左側通行をしているのは現在、イギリスアイルランド、マルタ、キプロスの4カ国のみで、いずれも島国または島嶼性の国です。また、国本土と外島や海外領土で走行側が異なる例もあります。たとえば、中国は本土では右側通行ですが、特別行政区である香港とマカオを除いて右側通行が主流です(香港・マカオは左側通行)。

歴史的背景

走行側の起源は古く、車や自動車の普及以前からの慣習にさかのぼります。中世や近世には、多くの人が右利きであったため、馬に乗る人は左側に座って右手で武器やムチを使うことが多く、これが「左側通行」の習慣につながりました。一方で、時代が進むと荷車や馬車の操縦方法の変化、交通量の増加、軍事的・政治的な影響により、各地で右側通行への移行が進みました。

18世紀末、フランスでは1794年に右側通行を定める法律が制定され、その後ナポレオンの征服により多くの地域で右側通行が広まりました。一方、イギリスの勢力圏では左側通行が残りました。旧オーストリア-ハンガリー帝国ポルトガル帝国の一部領域は当初運転方向を保っていましたが、最終的には右側通行を採用した地域が多くあります。現在でも、モザンビーク東ティモール、マカオ(いずれも旧ポルトガル帝国の植民地)など、例外的に左側通行を続けている場所があります。

近代における変更例と理由

  • 国境・近隣関係:隣接国と車両の往来が多い場合、輸入車や交通の円滑化のために走行側を合わせることが動機になります。
  • 政治・社会的要因:占領や独立、政治決定により短期間で切り替わる例があります。
  • 経済的理由:安価な中古車の流入先に合わせるために変更する場合があります(例:2009年にサモアが走行側を右から左に変更した背景には、近隣のオーストラリアやニュージーランドからの右ハンドル車流入に対する対応などがありました)。
  • 実施の負担:道路標識や交差点、バス車両、交通教育などを全面的に変更する必要があり、切り替えには膨大な費用と周到な準備が必要です。例えばスウェーデンは1967年に右側通行から左側通行へ大規模な切り替え(Högertrafikomläggningen)を行い、事前の周知活動や実施計画が徹底されました。

実務上の注意点

旅行者や車両輸入者は以下に注意してください:

  • 運転席の位置と走行側を確認する:レンタカーや中古車を利用する際、ハンドル位置とその国の走行側が一致しているか確認する。
  • 国境を越える移動:国境で走行側が変わる場合、橋や道路で左右切り替えの構造(ランプや交差改修)が設けられていることが多いが、注意運転が必要です。
  • 安全対策:ライトの配光やウィンカーの取り扱い、車両の設置位置(右ハンドル車の車線変更時の視界など)に慣れていないと事故の原因になり得ます。

まとめると、走行側は歴史的・政治的・経済的な背景によって決まり、世界には右側通行と左側通行が混在しています。旅行や車両の輸入の際には、必ずその国・地域のルールを確認し、安全に配慮してください。なお、本文中の各国名や事例は、冒頭の説明にあるような具体例として挙げたもので、詳細は各国の交通法規で確認してください。