U-2(ドラゴンレディ)とは:ロッキード製高高度偵察機の歴史と冷戦での役割
U-2(ドラゴンレディ)の誕生から冷戦の偵察任務、パワーズ撃墜事件、SR-71への移行まで、ロッキード製高高度偵察機の知られざる歴史と役割を詳解。
バンドについては、U2(バンド)を参照してください。
U-2(愛称:ドラゴンレディ)は、ロッキード社(現ロッキード・マーティン社)が製造した高高度偵察用のスパイ用固定翼機です。1955年に初飛行し、1957年に導入されました。長く細い主翼を持ち、見た目や操縦感覚はしばしばグライダーにたとえられます。冷戦期、アメリカは広大なソ連領内やその周辺地域を高所から監視する手段を必要としており、U-2はその要請に応えるために開発されました。高高度からの精密な写真偵察や電子偵察を行うことが主な任務で、台湾も台湾政府の下で中国大陸の監視にU-2を運用していました。
設計と特徴
U-2は非常に長い主翼と軽量な機体構造を持ち、薄い空気でも効率良く飛行できるよう設計されています。これにより巡航高度はおおむね2万メートル級(約70,000フィート)にも達し、当時の多くの地上対空手段を回避できると考えられていました。搭載機器は時期や改修により変化しますが、高精細カメラ、合成開口レーダー(SAR)、電波/信号傍受機器(ELINT/SIGINT)などの各種偵察・情報収集装置を運用可能です。
操縦面では、極高高度での飛行のためパイロットは宇宙服に似た高圧スーツ(プレッシャースーツ)を着用します。また、離着陸時は滑空機のような特性のため取り扱いが難しく、主脚は前後に一列に並ぶ独特の「ビシクル(bicycle)」式で、離着陸時には両翼に補助の小車(通称pogos)を装着・取り外しします。着陸では前方視界が限られるため、地上からの支援として「チェイスカー(追走車)」が運用されることが知られています。さらに、長時間任務のため空中給油能力を持ち、これにより航続時間と作戦半径が大きく伸ばされています。
冷戦での運用とU-2事件
U-2は1950年代後半から1960年代にかけて、ソ連や東欧、中国北部、中東など世界各地で偵察任務を行い、写真情報や電子情報をもたらしました。特に1962年のキューバ危機では、U-2による上空撮影がソ連の中距離弾道ミサイル配備の証拠を明らかにし、危機管理と外交判断に決定的な役割を果たしました。
しかしU-2は無敵ではありませんでした。1960年5月1日、パイロットのフランシス・ゲリー・パワーズがソ連上空で任務中にU-2がソ連の対空ミサイル、SA-2(ミサイル)によって撃墜される事件が発生しました。この事件はアメリカの偵察活動を国際的に露呈させ、冷戦期の緊張を一段と高めました。パワーズはその後拘束・尋問され、1962年に捕虜交換で解放され、捕らえられていたソ連のスパイ、ルドルフ・アベルと交換されました。
この撃墜事件は、低高度での高速度性能やレーダー回避性を追求した後続機SR-71ブラックバード(SR-71ブラックバード)の採用に影響を与えただけでなく、偵察手段の多様化(衛星偵察や無人機の導入など)を促す契機となりました。
派生型と近代化
U-2は投入後も継続的に改修が加えられ、カメラやセンサー、電子機器、航法装置、通信装置、機体構造の強化などが行われています。長年にわたる改修により機体は当初モデルから大幅に進化し、現行機ではデジタル撮影装置、合成開口レーダー、精密測位・伝送装置などを搭載しており、地上や衛星との連携運用が可能です。
運用実績とその後の役割
U-2は冷戦期を通じて重要な情報を提供し続け、冷戦後も地域紛争やテロ対策、災害監視、資源探査、地図作成など多彩な任務に用いられてきました。有人機としての高度な柔軟性(必要に応じて短期間で機器を差し替えられること)を生かし、衛星や無人機と組み合わせて長期的な情報収集活動に寄与しています。
現在の状況
設計から50年以上を経た後も、U-2は改修を重ねながら現役で運用され続けています。アメリカ空軍の偵察能力の一翼を担い、必要に応じて世界各地の基地から発進しています。一方で、長年の運用に伴う維持費や老朽化、後継機・無人機の発展といった課題も存在し、将来的な運用継続や置き換えについては継続的な検討が行われています。
評価と影響
U-2はその独特な設計と運用方法、冷戦期における情報収集での決定的な貢献から、軍事航空史上重要な機体と評価されています。撃墜事件は国際政治へ直接的な影響を与え、偵察の倫理や外交手段、軍事技術の発展に関する議論を喚起しました。現在もU-2は、有人偵察機としての高い汎用性を示す存在であり続けています。

A U-2
U-2詳細(U-2モデル)
U-2Sは、長さ62.99フィート(19.20メートル)、幅104.99フィート(32メートル)、高さ15.75フィート(4.80メートル)。重量は空の状態で14,991ポンド(6,800キログラム)、満タンの状態では41,006ポンド(18,600キログラム)です。推力1万7,000ポンド(7711.2キロ)のゼネラル・エレクトリック社製F118-101エンジン1基を搭載しています。時速475マイル(764キロ)、無給油で7,000マイル(11,265キロ)の飛行が可能で、7万フィート(21,336メートル)以上、場合によっては8万4,974フィート(25,900メートル)の高さまで飛ぶことができます。
関連ページ
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質問と回答
Q: U-2とは何ですか?
A: U-2はロッキード社(現ロッキード・マーチン社)製の諜報用固定翼機です。
Q: U-2が初めて導入されたのはいつですか?
A: U-2は1957年に初めて導入されました。
Q: U-2はなぜ作られたのですか?
A: U-2は冷戦時代に作られました。アメリカはソ連軍を高いところから見る方法を必要としていたからです。また、台湾が中国をスパイするために使用しました。
Q: 1960年5月1日、U-2にまつわる出来事は何ですか?
A: 1960年5月1日、フランシス・ゲイリー・パワーズは、ソ連のSAM SA-2ミサイルによって、U-2を撃墜されました。
Q: U-2で撃墜された後、フランシス・ゲイリー・パワーズはどうなったのでしょうか?
A: 1962年、パワーズは釈放され、捕らえられたソ連のスパイ、ルドルフ・アベルと交換されました。
Q: SR-71ブラックバードとは何ですか?
A: SR-71ブラックバードも、U-2事件後にソ連をスパイするために使われた航空機です。より速く、レーダーで見えにくいのが特徴でした。
Q: U-2はまだ現役なのですか?
A: はい、U-2は設計が50年以上前のものですが、現在も現役で活躍しています。
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