ジャガイモ疫病(晩腐病)とは:原因菌Phytophthora infestansとアイルランド大飢饉
ジャガイモ疫病(晩腐病)とは?原因菌Phytophthora infestansの特徴と感染経路、1845年のアイルランド大飢饉への影響と防疫対策を歴史と科学で解説。
ジャガイモ疫病は、1845年にアイルランドのジャガイモを壊滅させた、いわゆる「カビ」に似た微生物が原因の病気である。学名は Phytophthora infestans で、一般には「晩疫病(late blight)」または「晩腐病」と呼ばれることが多い。ジャガイモにかかる病気は他にもあるため、区別して呼ぶ場合は「ジャガイモの晩疫病(晩腐病)」と表現される。
この病気が蔓延し、広範囲に飢饉を引き起こした。その原因は菌類であるPhytophthora infestansである。この菌類は一見真菌に似ているが、実際には真菌とは別の系統に属する「卵菌類(オオミシス/oomycetes)」であり、分類上は別の王国に近い扱いを受けることがある。卵菌は湿潤な条件で急速に広がり、葉、茎、塊茎(いわゆるイモ)を腐らせるのが特徴である。
症状と病気の進行
- 葉:葉に暗褐色の斑点ができ、湿った条件では葉の裏に白っぽい胞子の集合(菌糸や胞子塊)が見られる。急速に広がると葉全体が枯れる。
- 茎:茎にも暗色の病斑ができ、萎凋(いちょう)を引き起こす。
- 塊茎(ジャガイモ):地中のイモ内部まで侵されると、褐色の乾いたあるいは粘性のある腐敗になり、収穫後の保存もできなくなる。
- 発生条件:高湿度・低〜中気温(10〜25℃程度)で急速に拡大する。水滴や雨、風、汚染された種芋や農機具、人の衣服などで拡散する。
歴史的背景とアイルランド大飢饉
災いアイルランドでは100万人以上が餓死し、さらに200万人が国外へ移住(移民)したとされる。この飢饉(1845–1852年)は社会経済的要因と作物病害が重なって起きた大災害である。1840年代にはスコットランドやヨーロッパ大陸の農作物にも被害が及んだが、アイルランドでの被害が特に深刻だった背景には以下の点がある。
- 貧しい農民層が人口の大部分を占め、主食作物としてジャガイモに強く依存していた。
- 栽培されていたジャガイモは限られた品種(当時は多くが「アイリッシュ・ランパー(Irish Lumper)」など少数の品種)に偏っており、作物の多様性が低かった。
- 土地所有制度や食料の流通・配分の仕組みが不利に働き、十分な救済が行われなかった。
この病気が最初に記録されたのは、1843年初頭にアメリカのフィラデルフィアとニューヨークであった。1845年、ベルギーの農家に送る種芋の出荷とともに大西洋を横断したとされ、ヨーロッパのほぼすべてのジャガイモ生産地が被害を受けた。特にアイルランドでは、栽培品種の偏りと社会的脆弱性により壊滅的な被害となった。すなわち、遺伝子の多様性がないため、この菌にとって感受性の高い宿主集団が生まれ、病害が急速に広がったのである。
病原の生態と現代の管理法
Phytophthora infestans は主に以下のような形で増殖・伝播する:
- 分生子(sporangia)を形成し、これが水や風で拡散する。分生子からは運動性の接合子(zoospore)が放出され、湿った表面で容易に感染を引き起こす。
- 有性生殖により耐久性のある卵胞子(oospore)が形成されることがあり、これが土壌中で越冬して翌季の発生源になる場合がある(ただし、両方の交配タイプ(A1・A2)が揃わないと有性生殖は起こりにくい)。
現代の防除対策は多面的である:
- 耐病性品種の育成と導入(品種改良による抵抗性の付与)。
- 衛生管理:感染源となる種芋の洗浄・消毒、感染残渣の除去、連作回避など。
- 薬剤防除:適切な殺菌剤(例:マンコゼブ、システム薬剤など)や銅剤(歴史的にはボルドー液)を時期に合わせて散布する。
- 気象情報に基づく予防:湿度・気温条件を監視し、発生リスクが高まる前に薬剤を散布するなどの先制的対応。
- 種子(種芋)の認証制度や検疫:感染した種芋の移動を制限する。
その後と研究の進展
20世紀以降、薬剤や品種改良である程度の抑制が可能となったが、Phytophthora infestans は変異や新しい系統(系統交替)を繰り返し、現在でも世界各地で重大な経済的被害を出している。近年はゲノム解析が進み、病原体の遺伝的多様性、耐性メカニズム、感染性因子の研究が進展している。これらの知見は、より持続的で効果的な防除戦略(耐病性品種の開発、薬剤ローテーション、精密農業による発生予測など)に応用されている。
歴史的には、ジャガイモ疫病とそれに伴うアイルランド大飢饉は、作物の単一依存、遺伝的多様性の欠如、社会経済的脆弱性が組み合わさると自然由来の病害がどれほど破滅的になり得るかを示す重要な教訓となった。
遺伝子工学
遺伝子組み換えによる抵抗性品種が開発されつつある。ジャガイモの近縁野生種から、ほとんどの病害虫に有効な抵抗性遺伝子が発見された。この遺伝子は、遺伝子工学によってジャガイモの栽培品種に導入されている。
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