ロイヤル・ホスピタル・キルメイナム(Royal Hospital Kilmainham)— ダブリンの17世紀王立病院と国立文化芸術センター
ダブリンの名建築「ロイヤル・ホスピタル・キルメイナム」—17世紀の歴史と修復、国立文化芸術センター&現代美術館の見どころを詳述。
ロイヤルホスピタル・キルメイナム(Royal Hospital Kilmainham)は、アイルランドのダブリンにあるキルメイナムに位置する17世紀の歴史的建築物で、退役軍人のための住居(病院)として1680年代に建てられました。完成以来、約250年以上にわたり退役軍人の住居や軍関連の施設として使われ、その後も様々な用途に転用されてきた重要な建造物です。
建物は1680年から1684年の間に建築家のサー・ウィリアム・ロビンソンによって設計・建設されました。発注者は第一オルモンド公ジェームズ・バトラーで、当時の国王チャールズ2世のアイルランド大尉のための公式な建築事業の一環でした。設計はフランスのパリにあるレ・インヴァリッドを参考にしていますが、イギリスの伝統的な公的建築との折衷でもあり、平面は左右対称で、広い中庭と長い並木道が特徴です。なお、同系の目的で建てられたロンドンのチェルシーにある王立病院チェルシーとは様式的に似通っており、当時のヨーロッパにおける退役軍人施設の代表例の一つとされています。
王立病院へ通じる並木道の先にあるチューダー・ゴシック様式の門は、当時の主要な建築家の一人、フランシス・ジョンストンによって設計されました。この門はもともとブラッディ橋(現在のローリー・オーモア橋)のリフィー川の横にありましたが、1844年に鉄道の敷設に伴い現在地に移設されました。門や中庭まわりの石造りのアーケード、窓枠や飾り彫刻などは建築的価値が高く、保存・修復が繰り返されてきました。
アイルランド自由国家が成立した後、一時はこの建物を新しいアイルランドの国会議事堂であるOireachtas Éireannに使用する案も検討されましたが、最終的には実現しませんでした。軍人が退去した後は、建物はしばらくの間ガルダ・シオカーナ(Garda Síochána)の事務所や、アイルランド国立博物館の保管庫など、様々な公的用途に供されました。
1957年からアイルランド政府による段階的な修復が始まり、歴史的建造物としての保存と再利用が進められました。大規模な修復工事の後、1985年には国立文化芸術センターとして一般に公開され、1991年には施設内に アイルランド近代美術館(Irish Museum of Modern Art、IMMA)が開館しました(※原文のリンクはありませんが、施設内で近代美術館が運営されています)。現在はIMMAを中心に、常設・企画展、コンサート、講演会、ワークショップなど多様な文化芸術イベントが開催され、建物そのものも見学の対象となっています。
建築的には、長い中央の並木道と広い中庭(コートヤード)、対称的な左右の翼、石造りのアーケードや中庭を取り巻く回廊などが見所です。また敷地内の庭園や緑地は市民の憩いの場としても親しまれ、屋外イベントや撮影などにも利用されています。
毎年、国家の追悼行事である「National Day of Commemoration」には、アイルランド大統領がここロイヤル・ホスピタル・キルメイナムの中庭で追悼式を行い、過去の戦争や国際平和活動で命を落としたすべてのアイルランド人を追悼して花輪を捧げます。この式典は国の公式な追悼行事として広く知られています。
見学情報としては、IMMAの展示室や常設展示の他、建物の一部は公開エリアとして自由に散策できることが多いものの、展示やイベントにより開館日・時間が変わる場合があります。訪問を予定する際は事前にIMMAやロイヤル・ホスピタルの公式案内で最新の開館情報、入場料、ガイドツアーの有無を確認することをおすすめします。

アイルランド近代美術館の中庭、キルメイナム王立病院
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質問と回答
Q:王立病院キルメイナムとは何ですか?
A: 王立病院キルメイナムは、アイルランド・ダブリンのキルメイナムにある17世紀の建物で、退役兵士のための施設として建てられました。
Q: 病院は誰が設計したのですか?
A: この病院は、第1代オーモンド公ジェームズ・バトラー(チャールズ2世のアイルランド大尉)の公式な国家調査官であったサー・ウィリアム・ロビンソンが設計しました。
Q: パリのアンヴァリッドを参考にした様式は何ですか?
A: キルメイナム王立病院の様式は、パリのアンヴァリッドに基づくものです。
Q: 王立病院へ続く道の端にあるチューダーゴシック様式の門は誰が設計したのか?
A: 当時の代表的な建築家の一人であったフランシス・ジョンストンが、王立病院へ続く道の端にあるチューダーゴシック様式の門をデザインしました。
Q: ブラッディブリッジ(現在のローリーオモア橋)脇にあった門は、いつごろ移転したのですか?
A: チューダーゴシック様式の門は、もともとブラッディブリッジ(現在のローリーオモア橋)脇にありましたが、1844年以降に鉄道が開通したため、移設されました。
Q: 兵士が去った後、この建物はどのように使われていたのでしょうか?
A: 兵士がいなくなった後は、Garda Síochána(アイルランド警察)の事務所やアイルランド国立博物館の倉庫として使われていました。
Q: いつ修復が始まり、現在はどのような目的で使われているのでしょうか?
A:1957年にアイルランド政府によって修復が開始され、1985年に国立文化芸術センターとして開館しました。現在は、1991年に開館したアイルランド近代美術館として機能しています。
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