S&L危機(1980年代~1990年代):米国の貯蓄貸付組合の破綻
1980年代から1990年代にかけて米国で1,000超の貯蓄貸付組合が破綻した金融危機。金利ショック、規制緩和、リスクの高い投資、不正などが原因となり、大規模な規制改革を促した。
概要
S&L危機(貯蓄貸付組合危機)は、主として1980年代半ばから1990年代にかけて発生した、米国の貯蓄金融機関における長期的な破綻の連鎖である。数千の機関のうち1,000を超える貯蓄貸付組合が破綻し、預金保険基金に多額の損失をもたらすとともに、大きな社会的論争を引き起こした。総費用の推計は資料によって異なるが、米国会計検査院(GAO)の推計では、納税者負担約1,321億ドルを含め、全体の負担額は約1,600億ドルとされた。
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8 画像原因と仕組み
この危機は、経済、規制、経営に関わる複数の要因が重なって生じた。主な要素は以下のとおりである。
- 金利のミスマッチ:多くの貯蓄金融機関は長期・固定金利の住宅ローンを保有する一方、それらの資産を短期預金で調達していた。市場金利が上昇すると、資金調達費用が融資ポートフォリオからの収益を上回った。
- 規制緩和と権限の拡大:1970年代後半から1980年代にかけての規制変更により、貯蓄金融機関は、よりリスクの高い商業融資、不動産開発、投機的投資を行うことが可能になった。
- 監督不全と不正:監督の弱さに加え、一部では故意の不正行為や内部者による乱用が損失を拡大し、支払不能を早めた。
こうした問題が相互に作用し、信認が低下して保険付き債務が増大するなかで、地域的な破綻は全国的な危機へと転化した。
主な出来事と人物
注目を集めた事例は、この危機を広く知らしめた。個別の破綻のなかには、活動が議会調査や刑事訴追につながった著名な事業者が関与したものもあった。広く報じられた関係者の一人がチャールズ・キーティングであり、その取引は著名な政治的論争と法的措置を招いた。また世論では、レーガン政権による施策や、1986年税制改革法などの税制・規制変更を含む1980年代の政策が、貯蓄金融機関の行動に対する誘因をどのように形作ったかも論じられた。
規制対応と費用
連邦当局は、監督体制の再編と破綻処理の仕組みの創設によって影響の封じ込めを図った。連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)は対応能力を超え、最終的には整理信託公社(RTC)が破綻処理の主要な機関としてこれに取って代わった。1989年の包括的な法律は規制機関を再編し、執行を強化するとともに、破綻機関からの資産回収を目指した。公式費用の推計は出典により異なるものの、政府報告書は処理に伴う財政的・政治的影響の大きさを強調している。法令およびデータの参照先については、破綻機関データの概要を参照。
影響と教訓
この危機は、預金取扱機関に対する監督の強化、投資に関するより明確な制限、モラルハザードの抑制と預金保険の運営改善を目的とする改革など、長期的な変化を促した。また、米国銀行業界の統合を加速させ、規制緩和、規制の虜、金融革新を認めることと納税者を保護することの均衡をめぐる議論に影響を与えた。規制論争と歴史的背景については、データおよび政策論議に示された資料を参照。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com S&L危機(1980年代~1990年代):米国の貯蓄貸付組合の破綻 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/87638