天津(てんしん)は、中国北部の沿海都市で、直轄市の一つです。人口はおよそ1,176万人(参考値)で、面積は11,917.3平方キロメートルに及びます。市名としての「天津」は明代に現れ、1400年代初頭に整備された港や渡河の拠点として発展しました。伝承では、永楽帝が軍を率いて海路から入京した際の出来事にちなんで命名されたとされます。天津市は、北京の東に位置し、渤海の西岸、燕山山脈の南麓に広がる平野部と、海に近い沿岸部を有しています。天津から北京までは約137キロで、北京-天津間都市間鉄道(高速鉄道)を使えば約30分程度で結ばれています。
地理・気候
天津は海に近い位置にあるため、温暖湿潤の季節変化があり、夏は多湿で暑く、冬は北方からの寒気の影響で寒くなります。沿岸性の気候特性により年間を通して風が強い日があるのも特徴です。港湾や河川が発達しており、歴史的に海運・内陸航路の要衝でした。
歴史の概略
天津は古くから渤海湾に面する交通と交易の拠点でしたが、明代に港や渡し場が整備され、近代以降は海運・工業の中心地として発展しました。清末から列強の租界が置かれた時期には欧風建築が多く建てられ、現在も市中心部には当時の建築遺産が残っています。20世紀を通じて工業化と都市化が進み、現代の天津は伝統と近代が交錯する都市となっています。
交通・港湾
天津は大規模な港湾(天津港、天津北塘など)を擁し、国内外の海上輸送の重要拠点です。また、鉄道・高速道路網が発達しており、北京のほか河北省や山東省への物流結節点となっています。天津津湾国際空港(天津滨海国際空港)もあり、国内線・国際線の交通が充実しています。
経済
天津は中国でも早くから近代工業が発展した地域の一つであり、機械工業や繊維工業の歴史が長いです。開放政策以降は複数の産業区・開発区が整備され、輸送機器、電子情報、化学、冶金、バイオテクノロジー、現代医療、新エネルギー、環境保護など多様な産業クラスターが形成されてきました。特に天津濱海新区(Binhai New Area)は大規模な投資と企業誘致が盛んで、外資系を含む多くの企業が進出しています。記事元の記述にもある通り、フォーチュン500企業のうち多数が天津に拠点を置いています。1990年代から2000年代にかけては高い経済成長率を示し、国内の重要な発展地域の一つとなりました(GDPは年によって大きく変動しますので、最新の統計をご参照ください)。
教育・研究
天津は教育・研究の拠点でもあり、近代中国の高等教育史において重要な役割を果たしてきました。1895年に設立された平陽(北洋)大学が後の天津大学の前身とされ、「中国で最初の近代的な大学」としてしばしば言及されます。天津を代表する高等教育機関としては、南開大学は特に著名で、近代中国の政治家や学者を多数輩出しました。中華人民共和国の初代首相である周恩来は南開大学の出身です。市内には公立・私立を含め数十校の大学・高等教育機関があり、多くの学生と研究者が在籍しています。基礎研究から応用研究までの研究機関も多数あり、技術者・専門家が集積しています。
また、天津は初等中等教育の整備も進んでおり、義務教育制度の普及に力を入れてきた地域の一つです。人材育成や職業教育の面でも都市の経済発展を支える重要な役割を担っています。
文化・観光
天津は欧風建築が残る旧租界地区や「五大道(Wudadao)」の洋館群、古文化街(古文化街・瓷房子=Porcelain House など)といった観光スポット、さらに海にかかる大観覧車「天津之眼(天津アイ)」など見どころが多くあります。イタリア式街区やロシア・フランス・イギリスなど各国の歴史的建築群が点在しており、街歩きや歴史散策が楽しめます。
食文化(名物・スナック)
海に近いことから海鮮を活かした料理が多い一方、天津は独自の小吃(軽食・スナック)でも有名です。地元の名物としては蒸し包子の「狗不理(ゴウブリ、Goubuli)」、ねじり揚げ菓子の「麻花(特に老舗の桂発祥など)」、そして「耳朵眼炸糕(エルドウヤンの揚げ餅)」といった伝統的なスナックが知られています。観光客にはこれらの老舗店や路地の屋台での味めぐりが人気です。なお、本文で触れたように天津には有名なスナック店がいくつもあります。
都市の特色と今後
天津は歴史的に海運・工業の拠点であったこと、新中国成立後の工業化、そして改革開放以降の国際化・サービス化という流れを経て、物流・製造・研究開発が融合する都市へと変貌しています。港湾経済と先端産業、教育研究資源を結びつけることで、今後も北中国の重要な経済・文化の拠点であり続けることが期待されています。