古ラテン語聖書(Vetus Latina)とは — ヴルガータ以前の定義と違い
古ラテン語聖書(Vetus Latina)とは何かを解説。ヴルガータとの翻訳差、断片写本や典礼での痕跡、教父の引用から歴史的意義をわかりやすく紹介。
Vetus Latina(ヴェトゥス・ラティーナ)とは、Vulgate(ヴァルゲート以前に、ラテン語圏で用いられた複数の聖書ラテン訳(複数の写本群)を総称する名称です。単一の“標準版”ではなく、異なる時期・地域で作られた多様な訳文が含まれます。語体としては古典ラテン語とは異なり、後期ラテン語や俗ラテン語の影響を受けた表現が多く、訳語や語順に変化が見られます。
起源と写本の現状
ヴェトゥス・ラティーナの諸写本は、初期キリスト教期から中世初期にかけて各地で作られました。現存するものは断片的で、完全な一巻本が多く残っているわけではありません。福音書群に関しては、Codex Vercellensis(a)やCodex Corbeiensis、またギリシャ語・ラテン語併記のCodex Bezae(D)などが旧ラテン語系の伝承を伝えます。さらに、多くの本文断片は教父たち(たとえばヒッポのアウグスティヌスなど)による引用や、典礼文書(ミサ典礼書、詩篇注解など)に保存されています。
特徴と本文の多様性
ヴェトゥス・ラティーナは一つの統一された翻訳ではなく、地域的・時期的に異なる「方言」のような集合体です。そのため、同じ箇所でも語句の違い、追加や抜落、意訳的な表現などが見られます。この多様性は、聖書本文の研究(特に新約聖書のテキスト批判)において重要で、ギリシャ語原典(あるいはラテン語への早期伝承)の異本を復元する手がかりになります。
ヴルガータ(ヒエロニムス)との関係
4世紀末から5世紀にかけて、聖ジェローム(ヒエロニムス)はギリシャ語やヘブライ語原典に立ち戻って新たに翻訳し、徐々にそのラテン訳が広まっていきます。16世紀のトレント公会議以降、ローマ・カトリック教会が公式に採用した聖書本文はヴルガータ(ジェローム訳)となりましたが、ヴェトゥス・ラティーナの諸本文は完全に消滅したわけではなく、特に地域的な典礼文や古い礼儀で残存しています(たとえば一部のガリカン典礼やムザラブ典礼、アンブロジアヌス典礼など)。典礼の場面では、ヴェトゥス・ラティーナ由来の語句が用いられることがあります(例:典礼における旧表現の存続)。
代表的な本文差異の例
ヴェトゥス・ラティーナとヴルガータの語句差は多岐にわたります。よく知られた例の一つは主の祈り(Pater Noster)における「epiousios」に関する訳語です。多くの旧ラテン訳(Vetus Latina)では「panem supersubstantialem(超実体的なパン)」などの表現が見られましたが、ジェロームはギリシャ語の意味をめぐる議論を踏まえて平明に「panem nostrum quotidianum(我らの日ごとのパン)」と訳しました。原語(epiousios)の意味は曖昧であり、この違いはテキスト解釈に影響を与えます。
また、典礼文や讃歌類にも語句差異が残り、たとえば「Gloria in excelsis Deo(栄光は高き所に神に)」のような文言の扱いでも写本ごとに細かな異同が見られます。これらの差異は、当時の翻訳者の理解・神学的傾向、また翻訳元となった原典(ギリシャ語版・ヘブライ語版・逐次翻訳)の違いを反映しています。
学術的・歴史的意義
ヴェトゥス・ラティーナは、初期キリスト教のラテン語文化史や典礼史、テクスト批判の研究にとって不可欠な資料です。複数の写本群を比較することで、ギリシャ語・ヘブライ語原典の異本や、地域ごとの受容の差を明らかにできます。教父たちによる引用を丹念に収集することも、消失した写本の読みを復元するための重要な方法となっています。
まとめると、Vetus Latinaはヴルガータ以前にラテン語圏で使用された多様な聖書本文群の総称であり、その多様性は聖書本文研究と典礼史理解に重要な手がかりを与えます。完全な一冊が残っているわけではないものの、教父の引用や断片写本、いくつかの典礼文書を通じてその姿をたどることができます。
質問と回答
Q: ヴェトゥス・ラティーナとは何ですか?
A: ヴェトゥス・ラティーナとは、ヴルガータがラテン語圏で使用される標準版になる前に、ラテン語に翻訳された聖書のテキストのコレクションです。
Q: ヴェトゥス・ラティーナのテキストは何語で書かれたのですか?
A: ヴェトゥス・ラティーナのテキストは、古ラテン語ではなく、後期ラテン語で書かれています。
Q: ヴェトゥス・ラティーナで使われている単語は、ヴルガータとどう違うのですか?
A: ヴェトゥス・ラティーナで使われている単語は、しばしばヴルガータと異なります。
Q: ヴェトゥス・ラティーナの完全な写本はありますか?
A: 完全な写本はありません。断片のみが知られています。
Q: なぜヴェトゥス・ラティーナの多くの文章が分かっているのですか?
A: ヒッポのアウグスティヌスなどの教父が引用しているので、私たちはヴェトゥス・ラティーナの多くの文章を知っています。
Q: ヴルガータはいつからローマカトリック教会の公式訳聖書になったのですか?
A: 16世紀に開かれたトレント公会議以来、ヴルガータはローマ・カトリック教会の公式な聖書翻訳です。
Q: 「日々の糧」という表現は、ヴェトゥス・ラテナとヴルガータではどう違うのですか。
A: ヴェトゥス・ラティーナの「日々の糧」は、ヴルガータでは「超実体の糧」となります。
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