西暦15年 ― 初期ローマ帝国の一年
西暦15年はユリウス暦の平年で、ローマの史料ではカエサルとフラックスの執政官年とされる。ティベリウス帝の治世に当たり、ゲルマニアでの軍事活動が行われた。
概要
一般に西暦15年と呼ばれる年は、1世紀に属する。古代ローマ暦の伝統的な計算では、火曜日に始まる平年であった。民事上の年代記載には、ユリウス・カエサルが導入し、その後ローマ領で主流となったユリウス式が用いられた。この年は、初期のユリウス暦の年の一つである。
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1 画像名称と政治的背景
ローマ人は、在任した最高政務官の名によって年を特定した。同時代の記録では、この年は執政官であるカエサルとフラックスの執政官年と呼ばれている。この執政官名に基づく命名慣行は、通常の行政実務であった。当時のローマ皇帝はティベリウスであり、彼の統治は帝国全域における政策と軍隊配置を方向づけた。
軍事・行政上の動向
この時期、ローマ国家は国境地帯に注意を向け続けた。ゲルマニアにおける作戦と部隊移動は、過去の挫折後に北方国境を確保しようとするローマの取り組みの一部であった。地方総督、軍団、従属王国との外交的取り決めはいずれも、大規模な拡張よりも支配の強化を優先する方針を示していた。
より広い世界と意義
ローマの外では、この年はユーラシア各地における1世紀初頭の統治の広範な傾向の中に位置づけられる。既存の帝国は領土を統合し、陸路・海路の交易網は継続し、地域の有力者は帝国の枠組みの中で地方の事務を担った。ローマにおける年の記録方法は、紀元(アンノ・ドミニ)方式が広まるにつれて、後のヨーロッパの年代記法にも影響を与えた。
史料と後世への位置づけ
この年に関する情報は、ローマの歴史著述家や碑文をもとに、後世の歴史家がまとめたものである。同時代の記録は数字による年数ではなく政務官名を用いるため、現代の資料ではそれらの呼称を西暦方式に換算している。したがってこの年は、ティベリウス期の行政とローマの国境政策を研究する際の有用な基準点となる。
主な事実
- ローマでは数字の年号ではなく、執政官の名によって指定された。
- 帝政の制度がなお発展途上にあったティベリウス帝の治世初期に当たる。
- ユリウス暦がローマ領域全体の民事上の年代記載を規定していた時期の一部である。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 西暦15年 ― 初期ローマ帝国の一年 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/111422