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408年(西暦)—閏年、ローマの危機と数としての性質

408年は後期ローマ帝国の閏年で、スティリコの処刑と西ゴート族の侵入再燃で知られる。整数としての408は2³・3・17で、オイラーのトーシェントは128の過剰数である。

408は、整数であると同時に暦年でもある。ユリウス暦では4で割り切れるため閏年に当たる。歴史的には5世紀初頭に位置し、西ローマ帝国に対する政治的・軍事的圧力が強まった時期であった。整数としての408は偶数の合成数であり、素因数分解は2³・3・17となる。また、数論における基本的な例として用いられるいくつかの初等的な算術的性質をもつ。

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西暦408年:背景と出来事

この年、西ローマの政治と軍事指揮には大きな変動が生じた。長年にわたり西方で最有力の軍人であり、若い皇帝ホノリウスの後見人でもあったマギステル・ミリトゥム、フラウィウス・スティリコは、宮廷の策動と派閥間の暴力の後に失脚し、処刑された。彼の失脚は支持者に対する粛清を招き、同盟兵や蛮族の同盟勢力との関係を不安定にした。

ローマの弱体化に乗じて、指導者アラリックの率いる西ゴート族はイタリアへの圧力を再び強めた。408年中およびその後のゴート軍の移動は、ローマ市そのものへの脅威を増大させ、数年後のローマ略奪へと至る一連の出来事に寄与した。より広く見れば、中央の軍事権威の除去は、ガリア、ヒスパニア、ドナウ川沿いの国境地帯における不安を悪化させ、移住や地方での簒奪を促した。

数としての408:算術的性質

408 = 2³ × 3 × 17である。正の約数は16個あり、全約数の和は1,080である。したがって真の約数の和は672となり、408より大きいことから、408は過剰数に分類される。オイラーのトーシェント関数φ(408)は128である。また、十進表記の各桁の和(4 + 0 + 8 = 12)が408を割り切るため、408は十進法におけるハーシャッド数でもある。ローマ数字ではCDVIIIと表記される。

意義

歴史の概説では、408年は単一の決定的な戦闘よりも、西方の指揮系統を弱めた政治的断絶と、ゴート系集団による侵入の再燃によって記憶されている。算術において408は、約数和、乗法的関数、単純な整除判定を例示する、比較的構造の明瞭な合成整数の一例である。年号としての408と整数としての408は、同じ一つの表記が暦、政治、数学という異なる領域を結び付けうることを示している。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com 408年(西暦)—閏年、ローマの危機と数としての性質

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