デイビッド・ウィリアム・ドナルド・キャメロン(David William Donald Cameron、1966年10月9日生まれ)は、イギリスの政治家。2010年から2016年までイギリスの首相を務めた。2016年7月まで財務省第一卿、イギリス保守党党首を務めた。
2016年6月24日、国民投票でEU離脱が決まったことを受け、キャメロン首相は2016年10月の保守党大会前に退陣し、新しい首相を選ぶと発表した。選挙でテリーザ・メイが唯一の候補者となった後、彼女が指定された首相となった。その後、キャメロン氏は7月13日に辞任すると発表し、メイ氏が後任となった。
出自・学歴
キャメロンはイギリスの伝統的な上流階級に生まれ、家族は金融や政治とゆかりがあることで知られている。名門のEton Collegeで学び、オックスフォード大学(Trinity College)で哲学・政治・経済(PPE)などを学び、学生時代から保守党系の政治活動に関わっていた。
政界での台頭
キャメロンは若手保守派として支持を集め、2005年には保守党党首に選出され、党のイメージ刷新(「近代化」)を掲げた。2001年から下院議員として活動し、党内での地位を固めた後、2010年に首相に就任した。
首相として(2010–2016)
2010年の政権発足では、過半数を獲得できなかったため自由民主党との連立政権(連立相手の副首相はニック・クレッグ)を組み、欧州債務危機や財政赤字削減を理由に緊縮財政(austerity)政策を実施した。財務大臣ジョージ・オズボーンらとともに歳出削減を進め、社会保障・公的サービスに対する改革を行った。
2015年の総選挙では保守党が単独過半数を獲得し、キャメロンは安定した政権基盤を確保した。任期中には教育や医療の改革、租税・規制の見直し、同性婚合法化(2013年の結婚(同性)法成立)などが実現された。一方で、緊縮政策や福祉カット、住宅政策などをめぐっては批判も強かった。
外交・安全保障面では、2011年のリビア介入への関与や、スコットランド独立問題(2014年の住民投票で「連合維持」を支持して活動)などが重要な出来事として挙げられる。
EU問題と辞任
キャメロンは党内のユーロ懐疑派に対応するため、2015年の総選挙公約でEUとの関係の見直しと国民投票の実施を約束した。2016年に欧州連合(EU)との再交渉を行い、同年6月に国民投票を実施。キャメロンは残留(Remain)を主張してキャンペーンを率いたが、離脱(Leave)が勝利した。結果を受けて責任を取り、党首兼首相を辞任する意向を表明、後任にテリーザ・メイが就任した。
評価とその後
キャメロンの評価は賛否が分かれる。支持者は「党の近代化」や同性婚実現などを評価する一方、批判派は緊縮政策やEU問題の扱いが社会的分断を招いたと指摘する。辞任後は執筆や講演、慈善・民間部門での活動に携わるなど、公職以外の場でも発言を続けている。
主な経歴(要点)
- 1966年:生誕
- 名門校での教育(Eton、Oxford)
- 2005年:保守党党首に就任
- 2010年–2016年:イギリス首相(2010年は連立政権、2015年以降は単独政権)
- 2016年:EU離脱国民投票の結果を受け辞任、テリーザ・メイが後任に
以上はキャメロンの政治家としての主要な経緯と評価の概略である。必要であれば各政策の詳細や国民投票に至る過程、辞任後の具体的活動などについてさらに詳しく追記できます。