ハロルド・マクミランとは 英国首相(1957~1963)の生涯と政策

モーリス・ハロルド・マクミラン(Maurice Harold Macmillan, 1st Earl of StocktonOM, PC、1894年2月10日 - 1986年12月29日)は、イギリスの保守系政治家。1957年から1963年までイギリスの首相を務めた。知的で洗練された物腰と、戦時・戦後を通じた豊富な行政経験により、戦後イギリス政治における重要な人物の一人となった。

経歴と初期の政治活動

マクミランは若年期に第一次世界大戦に従軍し、前線での経験を積んだ。戦後は家業の出版社に関わりながら政界に進出し、1924年の総選挙で初めて国会議員に選出された。1929年に議席を失ったが、1931年の選挙で再び国会に戻った。その後の政界での活動を通じて閣内でも複数の要職を歴任し、保守党内での重鎮となっていった。

第二次世界大戦と外交・財政での役割

第二次世界大戦中、チャーチル政権はマクミランを地中海方面に常駐させ、地中海地域における連携や情報の取りまとめ役を果たさせた。これによりチャーチルと北アフリカ・中東のイギリス軍司令部との仲介役を務め、山積する戦略的課題に対応した。こうした実績が彼の政治的評価を高め、戦後の大臣就任や閣僚登用につながった。

戦後はアンソニー・エデン卿の下で外務大臣を務め、その後財政面の要職にも就いた(本文献によっては財務長官就任と記されることがある)。幅広い行政経験は、後の首相就任時に即戦力となった。

首相就任と政策(1957–1963)

1957年、スエズ危機を契機にエデンが辞任すると、マクミランは保守党の党首に選ばれ、首相に就任した。首相としての主要な特徴と業績は以下の通りである。

  • 経済と生活水準の向上:就任期中、失業率は比較的低位に保たれ、経済は堅調に成長した。マクミランは1957年7月のベッドフォード演説で「これほどまでに良いことはなかった("never had it so good")」と国民の繁栄を強調し、生活水準の向上を自らの政権の成果の一つとして訴えた。
  • 植民地政策と脱植民地化:冷戦と民族独立運動の高まりを受け、マクミラン政権はアフリカを中心に迅速な自治・独立承認を進めた。1960年の「Wind of Change(変化の風)」に象徴されるように、旧植民地の独立過程を受け入れ、イギリスの地政学的役割を再定義していった。
  • 外交と核抑止:冷戦期の国際環境の中で、アメリカとの緊密な協調を維持しつつ英国の核抑止力の確保を図った。特に米英間の核関連協定や軍事協力は重要な課題であり、1962年の英米協議(ナッソー協定に至る道筋)などがその一例である。
  • 欧州との関係:経済的・政治的観点からヨーロッパ大陸との接近を模索し、1961年には欧州経済共同体(EEC)への加盟申請を行った。ただし、加盟交渉はその後のフランス側の反対などにより思うような進展を見なかった。
  • 社会政策と住居:経済成長を背景に住宅建設や社会資本整備が進められ、国民の消費と生活の充実が促進された。教育や医療、社会保障制度の維持・改善にも配慮がなされたが、成長の果実は階層ごとに均等には行き渡らなかったとの指摘もある。

危機と辞任

1963年、政権は一連のスキャンダル(特にプロフォーモ事件など)と内外の批判により信頼を損ない、マクミラン自身も健康面や年齢の問題から指導力に陰りが見え始めた。これらを背景に同年辞任を表明し、後継にはアレック・ダグラス=ホームが就いた。辞任の理由は単一ではなく、政局の混乱、信頼の低下、個人的な健康問題が重なった結果と評価されている。

晩年と評価

退任後もマクミランは与野党双方から尊敬を集める長老的存在であり、政治や外交に関する回想を執筆するなどして公的活動を続けた。1984年には第1代ストックトン伯爵(Earl of Stockton)に叙され、1986年12月29日に92歳で亡くなった。

評価としては、戦後の繁栄期に首相を務め、脱植民地化や米英関係の維持、国内経済の安定化を推進した一方で、政権末期のスキャンダルや不均等な富の配分といった問題も指摘される。政策と人柄の双方で強い個性を残し、20世紀中盤のイギリス政治を代表する指導者の一人である。

質問と回答

Q:モーリス・ハロルド・マクミランの肩書きは?


A: モーリス・ハロルド・マクミランは、第1代ストックトン伯爵(OM, PC)である。

Q: 彼はいつイギリスの首相を務めたのですか?


A: モーリス・ハロルド・マクミランは、1957年から1963年までイギリスの首相を務めました。

Q: 第一次世界大戦中、彼はどのような軍務に就いたのでしょうか?


A: モーリス・ハロルド・マクミランは第一次世界大戦中、擲弾兵団に所属していました。

Q: 彼はいつ国会に入ったのですか?


A: モーリス・ハロルド・マクミランは、1924年の総選挙で国会に入りました。

Q: 第二次世界大戦中、彼はどのような役割を果たしたのでしょうか?


A: 第二次世界大戦中、チャーチルはマクミランを地中海担当大臣に任命し、チャーチルと北アフリカおよび中東の英国軍との仲介役を担わせました。

Q: スエズ危機の後、誰が彼の後を継いで首相になったのか?


A: スエズ危機の後、アンソニー・イーデン卿が首相と保守党党首の座を引き継ぎました。

Q:彼の首相時代に関連する言葉は何ですか?A:「never had it so good」が彼の首相時代のフレーズです。

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