現代史家がビザンツと呼ぶ東ローマ帝国末期の皇帝のリストです。ここで扱うのは、主にコンスタンティノープル(現代のイスタンブール)を中心に君臨した正規の皇帝たちであり、共同統治した若年皇帝や形式的な共同皇帝、地方で短期間だけ権力を握った反乱者・擁立者(帝位を唱えたがコンスタンティノープルを確保できなかった者)などは原則として含めていません。年代表記や在位期間については史料・研究により異同があるため、必要に応じて注記を付けています。
従来のローマ皇帝の称号は、古くはローマ帝政で用いられた アウグストゥス が中心でしたが、帝政期後期には「ドミヌス(主)」などの称号も用いられました。7世紀のヘラクレイオス(ヘラクレイオス朝)以降、帝国内でのギリシア語の優勢化と行政・文化の変化に伴い、ギリシャ語の「バシレウス(βασιλεύς)」が通称として定着していきます。この語は「王」「君主」を意味し、以後は西洋史家の便宜上「ビザンツ皇帝」と呼ばれる人物群の自称として機能しました。つまり、称号の変遷は単なる語彙の違いではなく、言語・行政・自認の変化を反映しています。
このリストは、コンスタンティノープルを新たな帝都として整備し、キリスト教を公認・保護した最初のローマ皇帝である コンスタンティノープルの地に君臨したキリスト教皇帝、コンスタンティヌス1世から始め、オスマン帝国によるコンスタンティノープル陥落(1453年)による帝国滅亡までを対象としています。期間としては西暦4世紀(330年ごろの都建設)から15世紀中葉(1453年)までに及び、王朝交替・継承問題・共同統治・内乱など数多くの複雑な事例が含まれます。
補足(読み方・範囲について)
- 共同皇帝・摂政:父子や兄弟で共同統治とされたケース、若年の共同皇帝(コ・アウグストゥス/共同統治者)などは注記の対象です。本文の主要一覧には「正主権者」を中心に掲げますが、共同統治者は必要に応じて併記します。
- 擁立者・反乱者:地方で擁立された自称皇帝(例:一時的に勢力を拡大した者)や外征中に皇帝を称した者は、コンスタンティノープルで広く承認されなかった限り、別項で扱います。
- 称号と呼称:史料によってはラテン語表記(Augustus, Imperator など)とギリシア語表記(バシレウス等)が混在します。ここでは便宜上、通説的な日本語表記と在位年を用いて示しますが、原典表現を確認したい場合は注釈を参照してください。
- 年代の不確実性:内乱期や短命な在位の場合、開始・終了年に差異が出ることがあります。主要な学術文献の見解を併記することがありますが、完全な合意は存在しません。
以下の一覧では、各皇帝について在位年、出自(王朝や家系)、重要な治政上の出来事(対外戦争、宗教政策、行政改革など)を簡潔に示します。より詳しい説明や脚注は個別記事や注釈ページを参照してください。