タルーラ・ブロックマン・バンクヘッドTallulah Brockman Bankhead、1902年1月31日 - 1968年12月12日)は、アメリカ合衆国出身の著名な女優。圧倒的な存在感と独特のハスキーボイスで知られ、舞台・映画・ラジオ・テレビの各分野で活躍し、20世紀を代表する個性的なスターの一人となった。

出自と幼少期

バンクヘッドはアラバマ州の裕福で影響力のある家庭に生まれ、政治的にも著名な家系に育った。父親は「南部民主主義者の有力者であり、1930年代にはアメリカ下院の議長となった(William B. Bankhead)。また、同世代の文化人や社交界ともつながりが深く、小説家F・スコット・フィッツジェラルドの妻ゼルダ・フィッツジェラルドの幼なじみでもあった。幼少期から演劇に親しみ、やがて舞台の世界へ進む。

幅広い活動 — 映画・舞台・ラジオ・テレビ

タルーラは生涯を通して女優であり続け、映画、舞台、テレビラジオでおよそ300本近くの役を演じたとされる。その舞台での存在感とウィットに富んだアドリブ、独特の声は観客や聴衆に強い印象を残した。

映画でのハイライト

1932年の映画『Devil and the Deep』では主要キャストに囲まれながらも存在感を示し、Gary Cooper(Gary Cooper)、Charles Laughton、そしてCary Grantを抑えて目立つ役どころを演じた。また、名作の配役候補としても話題に上り、映画『風と共に去りぬ』』のスカーレット・オハラ役について、当時の大物プロデューサーであるデビッド・O・セルズニックはタルーラを「定評のあるスターの中で最初に選んだ」と述べ、1936年11月11日のセルズニックのメモでは彼女が有力候補であったこと、白黒でのスクリーンテストが高評価だったことが記録されている。ただし、テクニカラーでの見え方や年齢(当時36歳)が問題視され、最終的にその役はヴィヴィアン・リーの手に渡った。

さらに、アルフレッド・ヒッチコック監督の『救命艇』(1943–1944)での演技は特に高く評価され、彼女のフィルモグラフィーの中でも代表的な一作となった。この作品での演技により、ニューヨーク映画批評家サークル賞を受賞するなど批評的成功を収めた。

舞台での成功と商業的成功

舞台女優としての名声も大きく、ノエル・カワードの喜劇『私生活』(原題:Private Lives)のリバイバルに出演してヨーロッパやアメリカでツアーを行い、その後ブロードウェイで2年以上にわたるロングランを記録した。この長期上演により大きな収入を得て、晩年には相当な資産を残したとされる(彼女の死後の評価額は約200万ドルと伝えられる)。

私生活と公的人格

公私にわたって波乱に富んだ人物であり、その私生活はしばしば注目を浴びた。彼女は生涯を通じてアルコール依存症薬物依存症に悩まされ、公的にもスキャンダラスなイメージがつきまとった。恋愛面では男性・女性の双方と関係をもっていたことが知られ、当時としては型破りな生き方で多くの注目を集めた。社交界や芸術家たちとの交流も深く、舞台・映画界のみならず文化的な影響力を持った人物である。

評価と遺産

演技スタイルや個性は後の俳優やパフォーマーに影響を与え続け、独特の話術や舞台度胸、自由奔放なライフスタイルは伝説化された。死後もその名声は色あせず、1972年にアメリカ演劇殿堂入り、1981年にはアラバマ州女性殿堂入りを果たすなど、正式な評価と顕彰が続いた。

代表作(抜粋)

  • Devil and the Deep(1932) — 主要共演者に囲まれながらも印象的な存在感を発揮
  • 救命艇(1943–1944) — アルフレッド・ヒッチコック監督作品で高評価、ニューヨーク映画批評家サークル賞受賞
  • ノエル・カワード『私生活』 — ブロードウェイで成功を収めた舞台作品

晩年と死去

公私ともに派手な人生の末、1968年12月12日に亡くなった。多くの伝記や回想録が彼女の生涯を取り上げ、演劇史・映画史における重要人物として記憶されている。

タルーラ・バンクヘッドは、時代に逆らう個性と演技力を兼ね備えた稀有なスターであり、その生きざまは今なお語り継がれている。