正方行列の行列式(determinant)は、その行列がどのように空間を伸縮・反転させるかを表す1つのスカラー値です。行列式は行列の成分から計算でき、線形方程式の解の有無(可逆性)や幾何学的な体積変化率を示します。
記法
行列 A の行列式は一般に det(A) や |A| と書きます。例えば次のような表記があります:det ( A ) {\displaystyle \det(A)} or | A | {\displaystyle | A|}
。例えば2×2行列の記法は次のようになります:
基本的な定義(2×2, 3×3)
- 2×2行列 A = [[a, b], [c, d]] の場合、
det(A) = ad − bc。 - 3×3行列 A = [[a, b, c], [d, e, f], [g, h, i]] の場合、サラスの方法(Sarrusの規則)により、
det(A) = a(ei − fh) − b(di − fg) + c(dh − eg)。
一般式(置換による定義)
n×n行列 A=(a_{ij}) の行列式は置換の符号を用いて次のようにも定義できます。
det(A) = Σ_{σ∈S_n} sgn(σ) ∏_{i=1}^n a_{i,σ(i)}
ここで S_n は {1,...,n} の全ての順列集合、sgn(σ) は順列の符号(偶置換なら +1、奇置換なら −1)です。
計算方法(実務的な手順)
- 小さい行列(2×2, 3×3)は上記の公式で直接計算します。
- 一般の n×n 行列は以下の方法で計算すると効率的です。
- ラプラス展開(余因子展開):任意の行または列に沿って展開して、より小さい行列式に帰着させる方法。要素が多くゼロを含む列・行で展開すると効率的です。
- 行基本変形(ガウス消去)を使う方法:行列を上三角行列(あるいは正規形)に変形し、対角要素の積に変換する。ただし、行交換を行うと行列式の符号が反転し、行を定数倍すると行列式も同じ定数で倍される点に注意します(下に詳細)。
- LU分解:A = PLU(Pは置換行列、Lは下三角行列、Uは上三角行列)と分解できれば、det(A) = det(P)·det(L)·det(U)。Lの対角は通常1なので det(L)=1、det(P)=±1、det(U) は対角成分の積です。これにより効率よく計算できます。
行基本変形と行列式の取り扱い
- ある行と別の行を入れ替えると、行列式は符号が反転します:A の行を交換 → det は −det。
- ある行を c 倍すると、行列式は c 倍されます(1行だけを c 倍すると det が c 倍)。行全体を c 倍する操作を n 回行うと det は c^n 倍になる点に注意。
- ある行に別の行の定数倍を加えても(Ri ← Ri + k·Rj)、行列式は変わりません。
- これらを利用してガウス消去で上三角行列に変形し、対角成分の積に行交換で生じた −1 の乗(行交換回数)やスケーリングを掛け合わせて元の行列式を求めます。
主な性質(覚えておくべき公式)
- 積の行列式:det(AB) = det(A)·det(B)。
- 転置:det(A^T) = det(A)。
- 可逆性:A が可逆 ⇔ det(A) ≠ 0。さらに A^{-1} が存在する場合 det(A^{-1}) = 1 / det(A)。
- スカラー倍:定数 c を n×n 行列 A のすべての行(または列)に掛けると det(cA) = c^n det(A)。
- 三角行列(上三角・下三角・対角行列):対角成分の積が行列式です。 det = ∏_{i=1}^n a_{ii} 。
- 行列式の線型性:各行(または列)は他の行を固定したときにその行に関して一次関数(線形)です。ただし、全体としては多重線形で符号付きの対称性を持ちます。
- 行が線形従属:行(または列)が線形従属なら、その行列式は0になります(体積が0)。
幾何学的な解釈
n×n 行列 A は R^n のベクトルを別のベクトルに線形写像します。行列式 |det(A)| は単位立方体がその写像でどう拡大・縮小されるか(体積の拡大率)を表し、det(A) の符号は向き(オリエンテーション)が保たれるか反転するかを示します。
例題:2×2 と 3×3 の計算
- 例1(2×2)
A = [[3, 5], [2, 7]] のとき、
det(A) = 3·7 − 5·2 = 21 − 10 = 11。 - 例2(3×3、サラス)
A = [[1, 2, 3], [4, 5, 6], [7, 8, 9]] のとき、
det(A) = 1(5·9 − 6·8) − 2(4·9 − 6·7) + 3(4·8 − 5·7)
= 1(45 − 48) − 2(36 − 42) + 3(32 − 35)
= 1(−3) − 2(−6) + 3(−3) = −3 + 12 − 9 = 0。
(この行列の行は線形従属なので行列式は0になります。)
実際の計算のコツ
- ゼロが多い列や行を見つけてラプラス展開する。
- ガウス消去で上三角にする際は、行交換の回数と各行のスカラー操作の影響を記録しておく。LU分解を使えば自動で処理できます。
- 数値計算では大きな行列の行列式はオーバーフロー・アンダーフローしやすいため、対数(det) を扱うことやピボット選択を行うことが実務上有効です。
行列式は線形代数の基本的かつ強力な道具で、可逆性判定、固有値問題、体積計算、座標変換など幅広い応用があります。必要があれば、具体的な行列を一つ挙げてステップごとに計算する例を追加で示します。

