Joseph-Georges-Gonzague Vézina(発音:/veˈzinə/、1887年1月21日 - 1926年3月27日)は、カナダのプロアイスホッケーゴールテンダーで、愛称は"The Chicoutimi Cucumber"(チクティミの冷静な男)として知られています。ベジーナは1910年から1925年までモントリオール・カナディアンズ一筋でプレーし、チームのスタンレーカップを獲得した1916年と1924年に大きく貢献しました。レギュラーシーズン327試合、プレーオフ39試合に出場した後、1925年に試合中に体調不良で離脱し、結核と診断されて1926年3月27日に亡くなりました。

経歴と主な記録

ベジーナはNHA(ナショナルホッケー協会)時代からNHL(ナショナルホッケーリーグ)移行期にかけて活躍したゴールテンダーで、チームの信頼を一身に集める存在でした。以下は代表的な実績です:

  • 1910年から1925年までモントリオール・カナディアンズの唯一のゴールテンダーとしてプレー。
  • 1916年と1924年にチームのスタンレーカップ優勝に貢献し、さらに3度のスタンレーカップファイナルにも出場
  • NHAでは4回、NHLでは3回、合計7回にわたりリーグ最少失点記録(ゴールアゲインストを最も少なくした記録)を達成。
  • 1918年にはNHLで初めてシャットアウトを記録したゴールテンダーであり、またゴールをアシストした最初のゴールテンダーの一人とも言われています。

プレースタイルと評価

ベジーナは、冷静さと安定感を武器に長時間プレーし続けることで知られていました。対人への反応やポジショニングが優れており、当時の機材やルールの下でも安定した守備を披露しました。そのため「チクティミのきゅうり(Chicoutimi Cucumber)」という渾名が付けられ、プレッシャーのかかる場面でも平常心を保つことが評価されました。

ベジナ・トロフィーの由来

ベジーナの死後、モントリオール・カナディアンズは1926-27年のNHLシーズン開始に合わせて、故人を讃えてトロフィーを寄贈しました。初期のベジナ・トロフィーは「シーズン中、チームが許した合計ゴール数が最も少なかったチームのゴールテンダー」に贈られる賞として設けられ、長年にわたり最も権威あるゴールテンダー関連の賞の一つとなりました。1981年からは選考方法が変更され、現在はNHLのゼネラルマネージャーの投票で選ばれた「最優秀ゴールテンダー」に贈られています。

遺産と顕彰

ベジーナの功績は長く称えられてきました。故郷チクティミのスポーツ施設はその名を冠し、センター・ジョルジュ・ベジーナとして親しまれています。また、1945年にホッケーの殿堂が創設された際、ベジーナは最初の殿堂入り12名の一人に選ばれました。彼の名前はトロフィーや施設を通じて、世代を超えてゴールテンダーの理想像として記憶されています。

影響と記憶

ベジーナは技術や記録だけでなく、プロフェッショナル選手としての在り方、チームに対する献身、そして困難な状況でも見せた冷静さによって後のゴールテンダーたちに影響を与えました。ベジーナ・トロフィーはその功績を伝える象徴であり、今日のNHLでも彼の名前は多くのファンや選手に尊敬をもって語られています。