HMSビーグルは、1820年5月11日にイギリス海軍のチェロキー級ブリッグ・スループとして、テムズ川沿いのウーリッジ造船所で進水した。沿岸警備と測量の両方を目的に建造され、二本マストのブリッグ帆装を備え、通常はおよそ10門の砲を搭載した。のちには、前線での戦闘よりも水路測量の任務に向けて整備された。
設計と役割
チェロキー級のスループとして、ビーグルは比較的浅い喫水と堅牢な構造を組み合わせ、海岸線や地図の不十分な海域で活動できるように設計されていた。測量任務では、器具、海図、艦載艇のための空間が必要だったため、小型軍艦から、科学者や博物学者、長航海に必要な追加の物資を運べる船へと改装された。
航海と艦長
ビーグルで最もよく知られているのは、1831年にロバート・フィッツロイ艦長のもとでイギリスを出航した第2回測量航海である。この遠征には若い博物学者チャールズ・ダーウィンが乗船しており、南アメリカやガラパゴスを含む太平洋の島々への寄港中に行った観察は、のちの科学研究に大きな影響を与えた。艦はそのほかにも、南半球の海岸や水路を測量するいくつかの水路測量任務に従事した。
- 主な測量地域: 南アメリカ、太平洋の諸島群、オーストラリアとニュージーランドの一部。
- 航海中の役割: 沿岸測深、海図作成、科学標本の採集と観察の支援。
ビーグルで収集された報告書や標本は、刊行された海図や自然史の記述に反映された。ダーウィンが第2回航海について記した著作は、しばしば『ビーグル号航海記』と題され、幅広い読者に読まれ、遠征の科学的成果を広く知らしめた。
測量船としての任務を終えたのち、ビーグルは海軍および支援任務に就いたが、やがて退役して解体された。その遺産は海軍水路学と科学史の双方に残っており、船名は探検と、当時拡大しつつあった自然界の知識と結びついている。船とその航海についての入門的な参考資料としては、当時の海軍記録やダーウィン、フィッツロイの標準的伝記、ならびにウーリッジ造船所の歴史要約やイギリス海軍アーカイブに挙げられた関連資料を参照するとよい。