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ロッキード P-80 シューティングスター:米国初期の実用ジェット戦闘機

第二次世界大戦末期に開発された米国の初期ジェット戦闘機。戦後に就役し、朝鮮戦争で運用されたほか、T-33練習機とF-94迎撃機の基礎となった。

概要

ロッキード P-80 シューティングスターは、ターボジェットエンジンを中心に設計され、単座航空機としての戦闘機ジェット機を意図した、米国初期の実用機の一つである。第二次世界大戦の後期に構想された本機は、継続的な実戦に参加するには完成が遅すぎたが、終戦間際の数週間にはドイツ上空で数回の注目すべき飛行を行った。レシプロエンジン戦闘機からジェット時代へ移行する米国にとって、重要な一歩となった。

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設計と特徴

ロッキードの設計は、簡潔な構造と当時としての高速性能を重視していた。P-80は中翼配置の直線翼、胴体内に収められた単発ターボジェット、地上での取り扱いを容易にする前輪式降着装置を備えた。初期型では航続距離や重武装よりも速度と上昇力が優先されており、これは第一世代ジェット機の設計上の優先事項を反映している。戦争終結後、とりわけ戦後には、システムの信頼性と操縦者の人間工学的配慮を改善する改良が施された。

開発と名称

1943年から1945年にかけて開発は急速に進み、試作機の試験は日常的な軍事運用におけるジェット戦闘機の実用性を示した。1948年、米軍が航空機の名称を標準化したことに伴い、P-80の呼称はF-80へ変更された。本機は、主な運用者である新たに独立したアメリカ空軍、すなわちUSAFにとって、ジェット時代の整備、戦術、操縦士訓練に関する初期の実践的な教訓となった。

運用史と輸出

1945年のヨーロッパにおける戦闘任務は限定的だったものの、シューティングスターは朝鮮戦争で実際に運用され、新型機によって補完されるまで空対空任務と地上攻撃任務を遂行した。余剰機またはライセンス生産機は複数の同盟国・友好国で運用され、輸出・援助の受領国には次の国々が含まれた。

派生型と遺産

P-80の機体は高い適応性を示した。その複座練習機型は広く普及したT-33 シューティングスターとなり、世界各地で操縦士のジェット機転換訓練に用いられた。また、レーダー装備の迎撃機としての発展型はF-94 スターファイアへとつながった。これらの後継機を通じ、基本設計は数十年にわたり訓練、迎撃ドクトリン、国際的なジェット操縦士教育に影響を与えた。

特筆すべき点

後退翼戦闘機に急速に取って代わられたものの、P-80/F-80は戦時の緊急性と平時の近代化を結ぶ第一世代の実用ジェット機として重要であった。本機は操縦士と地上要員に実用的なジェット機運用を示し、その設計上の教訓は後のロッキード機および米国の戦闘機計画を形づくった。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com ロッキード P-80 シューティングスター:米国初期の実用ジェット戦闘機

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/58781

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