ジョン・ブライアン・パトリック「パット」・クイン(1943年1月29日 – 2014年11月23日)は、選手、監督、幹部として知られるカナダのアイスホッケー関係者である。「ザ・ビッグ・アイリッシュマン」の愛称で呼ばれ、長年にわたりプロホッケー界でアイスホッケー選手、長期にわたるヘッドコーチ、のちには幹部として活動した。ナショナルホッケーリーグで特に存在感を示し、リーダーシップ、選手育成、そして国際大会での指導実績で記憶されている。
選手時代と初期の指導者キャリア
クインは、プロ選手としてホッケー人生を始め、その後ベンチの後ろへと回った。選手としての経験は、勤勉さとチームの組織性を重視する指導の土台となった。現役引退後はコーチングとマネジメントの役割へ移り、ジュニアやマイナープロの階層を経て、やがてNHLの職務へと昇っていった。
NHLでのヘッドコーチとしての歩み
NHLでの監督キャリアを通じて、クインは複数の有力クラブを率いた。主な指揮先には、フィラデルフィア・フライヤーズ、ロサンゼルス・キングス、バンクーバー・カナックス、トロント・メープルリーフス、エドモントン・オイラーズがある。彼の指導下でチームはスタンレーカップ決勝に2度進出し、1980年のフライヤーズと1994年のカナックスがその例である。クインは、実直で働き者の姿勢を植え付ける指導者として、また選手や報道陣に対しても接しやすい人物として知られていた。
国際舞台での指導
クインはカナダ代表チームの監督として、国際舞台でも大きな成功を収めた。2002年冬季大会でカナダがオリンピック金メダルを獲得した際のヘッドコーチであり、2004年のワールドカップでもカナダを優勝に導いた。また、2008年のIIHF U18世界選手権と2009年の世界ジュニア選手権でもカナダ代表を金メダルへ導き、若いカナダ人選手の育成にも貢献した。
経歴、評価、指導スタイル
コーチ業にとどまらず、クインは上級マネジメントや幹部職も務め、ロースター構成や組織の方向性に関わった。選手を見抜き、育てる力に加え、率直で明快なコミュニケーションでも評価された。チームメイトや選手たちは、彼の助言と落ち着いたリーダーシップを、自身の成長に不可欠なものとしてしばしば挙げている。
遺産、私的な話題、死去
クインの影響力は、NHLのクラブと国際プログラムの双方に残されている。いとこでプロレスラーのジョン・クインは、メディア記事で時折言及された。パット・クインは長い闘病の末、バンクーバーのブリティッシュコロンビア州にあるバンクーバー総合病院で、2014年11月23日に71歳で死去した。
主な実績と特記事項
- ベンチ裏での存在感と人柄から「ザ・ビッグ・アイリッシュマン」と呼ばれた。
- 1980年(フライヤーズ)と1994年(カナックス)にスタンレーカップ決勝へ進出。
- 2002年五輪金メダル、2004年ワールドカップ優勝でカナダを指揮。
- 2008年IIHF U18、2009年世界ジュニアでカナダ代表を金メダルへ導いた。
- 選手育成、率直なリーダーシップ、そしてプロホッケー界での長い在任期間で記憶されている。