概要
ポツダム(低ソルブ語名はポドストゥピム)は、ベルリンのすぐ南西に位置するドイツの中規模都市である。ブランデンブルク州の行政上の州都であり、ドイツの連邦国家内にある。市内には都市的な地区に加え、広い緑地帯、湖、歴史的な邸宅が共存する。2010年代後半には人口が約17万6000人に達し、地域経済の発展と首都への近さに支えられて着実に増加していた。
地理と交通
ポツダムはハーフェル川の西側に広がる、低地で湖が点在する地形にある。水路と公園が連なる環境が都市の発展と余暇のあり方を形づくっている。地域鉄道、Sバーン、高速道路によるベルリンおよびその先への良好な交通網により、ポツダムは広域ベルリン都市圏の一部でありながら、独自の自治制度と文化生活を保っている。
歴史的発展
ポツダムは何世紀にもわたりプロイセン君主制と密接に結びついていた。プロイセン王家の好まれた居城であり、のちには1918年に王政が終わるまでドイツ皇帝の居所でもあった。啓蒙時代の都市計画と芸術的な委嘱は、建物と庭園を統制された牧歌的な形で融合させ、理性と自然についての当時の考えを表現しようとした。その結果、建築と景観が一体となった、きわめてまとまりのある全体が生まれた。
公園、宮殿、名所
サンスーシの公園群と宮殿群は、ポツダムの歴史的アイデンティティと、この都市のUNESCO世界遺産の中核をなしている。サンスーシはフリードリヒ大王の夏の宮殿で、ロココ様式のテラス、親密な雰囲気の小亭、整形式庭園が特徴である。サンスーシ以外の注目すべき場所には、新宮殿、中国館、ロシア人植民地アレクサンドロフカがある。重要な行政・文化施設としては、ベーベルスベルクの映画スタジオやいくつかの博物館が含まれる。
- ブランデンブルク州の機関と宮殿
- ベーベルスベルクの映画スタジオとメディア施設
- オランダ人街やノイアー・ガルテンなどの歴史地区
- 1945年の会談が開かれたツェツィーリエンホーフ
文化、経済、現代生活
今日のポツダムは、遺産観光と現代的な文化経済を組み合わせている。近隣のベーベルスベルク・スタジオはドイツの映画・テレビ制作の中心であり、大学や研究機関も知識集約型の地域経済に貢献している。住宅地区、公園、湖は、ベルリン中心部より静かな環境を求めつつ首都の労働市場とのつながりを保ちたい通勤者や来訪者を引きつけている。
主な出来事と論争のある遺産
1945年7〜8月、ポツダム会談はツェツィーリエンホーフ宮で開かれ、戦後ヨーロッパの形を左右し、ドイツの占領体制を定めた。第二次世界大戦後、ポツダムなどの美術品や文化財はソビエト連邦によって持ち去られ、その後いくつかの収蔵品は返還されたが、別のものはロシアの保管施設に残っている。たとえばフリードリヒ大王の図書館の一部や選定された作品は本国に戻されたが、移送された文化財をめぐる議論は今も続いている。
参考情報と資料
ポツダムの言語史、都市計画、遺産管理の入門としては、地域史の基本項目を参照するか、市の案内や文化サービスを利用するとよい。地元の博物館や遺産機関は、宮殿、庭園、文書資料の一次情報を提供している。地域全体とその諸機関についての一般的な背景を知るには、州レベルの概説や学術的な通覧が役立つ。
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