概要

シーア派イスラム(アラビア語: شيعة、ペルシア語: شیعه)は、より広いムスリム共同体(イスラム)を構成する二つの主要分派の一つである。信徒は、預言者ムハンマドの継承を、中心的な神学的・歴史的問題とみなす。シーア派ムスリムは、共同体の指導権は預言者の家族であるアフル・アル=バイトの特定の成員に引き継がれるべきであり、預言者の従兄弟であり娘婿でもあるアリー・イブン・アビー・ターリブ(アリー)には、その役割に特別な権利があったと主張する。

基本信条とイマーム制

シーア派のアイデンティティの核心にあるのは、イマーム制の教義である。これは、霊的であり、場合によっては政治的な指導権は、預言者の血統から選ばれた神に導かれた人物、すなわちイマームに属するという考え方である。これは、スンナ派イスラムに代表されるスンナ派の指導権観、つまり共同体による選出や合意に正統性の根拠を置きうるカリフ制度とは対照的である。シーア派神学はアフル・アル=バイトの特別な地位を強調し、とくにガディール・フムの出来事のような、アリーの権威を承認したと支持者が解釈する集会や宣言を重視する。

主要な分派

シーア派イスラムは内部的にも多様であり、現在、信徒数の多い三つの分派がある。

  • 十二イマーム派(Ithnāʿashariyya): 最大のシーア派集団である。十二イマーム派は十二人のイマームの継承を認め、最後のイマームは隠遁状態にあり、メシア的存在として再来すると信じられている。
  • イスマーイール派: 初期中世に、特定のイマームの継承者をめぐって十二イマーム派の系譜から分かれた集団である。イスマーイール派内部でも、権威や解釈に対する立場の違いによってさらに下位集団に分かれる。
  • ザイド派: ザイド・イブン・アリーの教えに従う学派で、歴史的にはイエメンの一部に集中してきた。ザイド派は、指導者の資格基準や法・実践の諸側面において他のシーア派諸学派と異なる。

歴史と発展

シーア派運動は、預言者の死後の最初の数世紀に、正統な指導権と宗教的権威をめぐる論争が展開するなかで生まれた。何世紀にもわたり、こうした論争は独自の教義、法的方法、敬虔な実践の形を生み出した。近世には、サファヴィー朝が十二イマーム派シーア派をイランの国教と宣言したことが大きな政治的転換点となり、この伝統がその地域の文化や制度の中で中心的役割を担うようになった。シーア派共同体はまた、影響力のある神学・哲学・神秘思想の文献を発展させた。

実践、法、記念行事

シーア派イスラムは、クルアーンへの信仰、礼拝、断食、施し、巡礼など多くの基本的なイスラム実践を共有するが、儀礼の形や法解釈にはいくつかの違いがある。十二イマーム派法学は、しばしばジャアファル法学派と呼ばれ、独自の伝承集と特定の解釈方法に依拠する。シーア派の敬虔生活では、カルバラーでのフサイン・イブン・アリーの殉教を悼み記憶することが強く重視され、とくにムハッラム月とアーシュラーの日に顕著である。こうした記念行事は共同体のアイデンティティの中心であり、宗教芸術、詩、公共儀礼にも影響を与えてきた。

地理的分布と現代的意義

シーア派共同体は中東、南アジア、そしてその外にも見られる。イラン、イラク、レバノン、バーレーン、アゼルバイジャン、パキスタンとインドの一部にはかなりのシーア派人口があり、ザイド派は主としてイエメンに結びつけられている。現代においては、シーア派の学者や運動が政治生活、社会福祉、国境を越えた宗教ネットワークで重要な役割を果たしてきた。シーア派とスンナ派の共同体の相互作用は、多くの国における地域史と現代情勢を形作っている。

特徴的な点と注目点

シーア派イスラムの注目すべき点には、預言者の家族に対する宗教的権威の強調、イマーム制の教義、独自の法伝統、そして歴史的記憶を共同体のアイデンティティの中心に保つ記念実践がある。シーア派イスラムに関する研究は、神学、法、歴史、社会学を扱う。より詳しい入門や原典を求める読者は、専門書や資料を参照するとよい(参考: アラビア語, ペルシア語, イスラム, 預言者, ムハンマド, アリー, カリフ, アフル・アル=バイト, スンナ派, 十二イマーム派, イスマーイール派, ザイド派)。