タチアナ・ザトゥロフスカヤ:ソ連出身イスラエルのWGM・女子シニア世界王者、ソ連女子選手権3回優勝
タチアナ・ザトゥロフスカヤ:ソ連出身でイスラエルで活躍したWGM。女子シニア世界王者2回、ソ連女子選手権3度優勝の栄光と軌跡を紹介。
タチアナ・ヤコヴレヴナ・ザトゥロフスカヤ(ヘブライ語:טטיאנה זטולובסקיה , ロシア語:Татьяна Яковлевна Затуловская)(1935年12月8日 - 2017年7月2日)は、イスラエルの(出身は旧ソ連、民族的・言語的背景によりロシア語名でも知られる)チェスの女性選手で、かつてウーマン・グランドマスター(WGM)の称号を有していた。シニア世代になってからも力を発揮し、女子シニアの世界選手権を2度制したことで知られる。氏名のローマ字表記やカタカナ表記には揺れがあり、Zatulovskaya や Zatulovskaia といった表記が見られることがある。
ザトゥロフスカヤはソビエト時代に国内最高峰の大会であるソビエト女子チェス選手権で多数の好成績を収め、特に1960年、1962年、1963年の3回で優勝した実績がある。1960年代はソ連女子チェスの競争が極めて激しかった時代であり、同大会での複数回優勝は当時の強さと安定感を示している。
競技者としての特徴は、終盤の堅実さと局面を冷静に読む力にあり、国際大会でも安定した成績を残した。キャリア後期にはシニア大会に出場して成功を収め、年齢を重ねても高水準のプレーを維持した点が評価されている。
主な実績・称号(抜粋):
- ウーマン・グランドマスター(WGM)称号保持
- ソビエト女子チェス選手権 優勝(1960年、1962年、1963年)
- 女子シニア世界チャンピオン(2回)
ザトゥロフスカヤはソ連時代に鍛えられた強豪として、女性チェス界における重要な世代の一人と見なされている。晩年はチェス界への貢献や若手選手の模範としての存在感も残し、2017年7月2日に逝去した際には国際的なチェスコミュニティから追悼の声が寄せられた。
参考情報や詳細な対局記録は各種チェスデータベースや当時の大会記録に残されているため、より詳しい成績や代表的な対局を確認したい場合は専門の棋譜データベースやチェス歴史資料を参照するとよい。

1964年のザトゥーロフスカヤ
キャリア
1961年、FIDEからウーマン・インターナショナル・マスター(WIM)の称号を授与される。1976年、ザトゥロフスカヤはウーマン・グランドマスターに認定された。1963年と1966年の女子チェス・オリンピックにソ連代表として参加。
1960年代から1970年代にかけては、インターゾナルやキャンディデイト・トーナメントで、しばしば女子チェス世界選手権の出場権を獲得しました。
1993年、女子シニア世界選手権で11点満点中10点(10勝0敗2引き分け)を獲得し、優勝。1997年、再びシニアの世界チャンピオンとなる。
2000年、イスラエルに移住。2009年4月現在、ザトゥロフスカヤの格付けは2034である。
死亡
ザトゥロフスカヤはバクーに生まれた。肝不全のためテルアビブで死去、享年81歳。
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