概要
1328年に締結されたノーザンプトン条約は、イングランドがスコットランドを独立した王国として正式に認め、ロバート・ブルースの家系をスコットランド王位に確認することで、第一次スコットランド独立戦争の主要段階に事実上の終止符を打った。この合意は、長年にわたる断続的な戦争と、イングランド国内の政治的混乱を経て成立したものであり、国境をまたぐ関係を安定させることを目的とした外交的解決策だった。
背景と原因
英王冠がスコットランドに対する宗主権を主張して以来、エドワード1世らの君主を巻き込みながら、20年以上にわたって敵対行為が続いた。1320年代になるとイングランド情勢は不安定化し、エドワード2世は、疎遠になっていた王妃フランスのイザベラとその同盟者ロジャー・モーティマーが主導した国内反乱のさなかに廃位された。この政変によって、摂政の下にある未成年の新王エドワード3世の治世のもとで、交渉による解決の余地が生まれた。一方スコットランドでは、ロバート・ブルースの軍事的成功と、以前のイングランド軍の遠征に対するスコットランド側の抵抗が、スコットランドの事実上の独立を認める和平を後押しした。
主要条項
条約の中心的な約束は、外交的承認と敵対的な請求権の停止だった。イングランドはスコットランドを主権国家として認め、ロバート・ブルースとその継承者を正統な王として受け入れることに同意した。さらに、両王家の間に恒久的な平和を確保するための条項が設けられ、合意を強固にするための王朝間の婚姻も含まれていた。若いスコットランド王の相続人は、廃位されたイングランド王の娘と婚約した。
婚姻と外交上の取り決め
和解の一部として、両王家は婚姻によって結ばれ、同盟を強めるとともに、両宮廷の間に公式な結びつきを設けた。二つの家の子どもたちの結合は、善意の保証であり、イングランドの摂政政府が国内問題を処理するあいだに再戦の危険を減らす手段として示された。
結果とその後の展開
- この条約は一時的に平和を確保し、スコットランドの王権と領土保全に対する国際的承認をもたらした。
- しかし、多くのイングランド有力者には不評で、譲歩に異議を唱える声が残り、国境地帯の摩擦をすべて解消することはできなかった。
- 数年のうちにイングランド政治の変化と新たな野心が重なり、スコットランドへの軍事介入が再開され、この取り決めの限界が明らかになった。
意義と歴史的評価
歴史的には、ノーザンプトン条約は、イングランドとの戦争ののちにスコットランド独立が初めて正式な外交承認を受けた事例として記憶されている。それは、スコットランドが争奪の舞台から、ブルース王家の下で承認された王国へと変わったことを確認したものであり、その承認自体は後に挑戦を受けたとはいえ、重要な転換点だった。研究者はこの条約を、中世の英スコットランド関係における画期として位置づけている。戦争が交渉に置き換わり、王朝間婚姻が国家運営の手段として用いられ、ブリテン諸島における脆弱な勢力均衡が一時的に組み直された瞬間だった。
条約の参加者や周辺の出来事についての詳しい背景は、イングランド、スコットランド、およびデイヴィッド2世の治世に関する項目を参照されたい。