1495年(ローマ数字: MCDXCV)は、ユリウス暦で365日からなる年であった。曜日の始まりは木曜日であり、木曜日始まりの平年に分類される。
概説
1495年は15世紀末にあたり、ヨーロッパでは王朝をめぐる争いが続き、イタリア戦争が始まったばかりの時期であり、イタリア諸都市では芸術活動も盛んだった。こうした政治的変化と軍事行動は、その後数十年の外交関係にも影響を与えた。
主な出来事
- イタリア戦争・フォルノーヴォの戦い(7月6日): ヴェネツィア同盟に関わる諸勢力が、イタリア遠征の後に退却していたフランス王シャルル8世の軍と対峙した。フォルノーヴォ近郊でのこの戦いは、フランスのイタリアでの野心を決定的に終わらせはしなかったが、戦術的な撤退を余儀なくさせた。
- ポルトガル: ポルトガル王ジョアン2世が1495年に死去し、従兄弟のマヌエルが後を継いでマヌエル1世となった。この継承は、その後のポルトガルの探検政策や植民政策に重要な影響を及ぼした。
- 地域政治: さまざまなイタリア都市国家とヨーロッパの諸勢力は、半島への外国介入が生んだ軍事的・外交的圧力に応じて、同盟の形成と解消を繰り返した。
文化と科学
- ミラノでは、画家レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年ごろに『最後の晩餐』の制作を開始したとされることが多く、この作品はサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院に関連する依頼であった。作品の構成と実験的な技法は、後のルネサンス美術に影響を与えた。
- 印刷術と書籍の流通はヨーロッパ各地で拡大を続け、知識のより広い普及を促したが、書籍交易の中心はなお限られた都市拠点にあった。
注目すべき死去
- ポルトガル王ジョアン2世(1495年没)— その死去によりマヌエル1世がポルトガル王位に就き、海上探検と海外拡張が強まる時代の幕開けとなった。
暦注
ユリウス暦体系における1495年は、1582年のグレゴリオ暦改暦以前に当たる。したがって、この時期の出来事の日付は、史料によってはわずかに異なる方式で示されることがあり、現代の歴史家は正確な日付を挙げる際に、どの暦を指すのかを明示することが多い。