アルベルト・コンタドール・ベラスコ(1982年12月6日、マドリード生まれ)は、スペイン出身のプロロードレーサーで、かつてはアスタナチームに所属していました。2007年のツール・ド・フランスではディスカバリーチャンネルチームの一員として総合優勝を飾り、また、2008年のジロ・デ・イタリアでもアスタナチームの一員として総合優勝しました。コンタドールは特に登坂力に優れ、攻撃的な走りで総合争いを形成することが多い選手です。
経歴の流れ
コンタドールは2003年にプロに転向し、若手時代から総合争いで頭角を現しました。2005年に初めてのツール・ド・フランスに出場した際は、復帰直後という事情もあって31位でのフィニッシュとなりましたが、その後数年でグランツールの総合優勝を果たすまでに成長しました。ジロ、ツール、ブエルタといったグランツールで優勝経験がある数少ない選手の一人でもあります。
頭部の手術と復帰
2004年、コンタドールは頭痛に悩まされるようになり、数日後のレース中に転倒して病院へ運ばれました。病院での検査により、脳の血管に問題が見つかり、危険を伴う手術が必要とされました。手術と長期の回復期間を経て競技に復帰し、以降は数々の栄光を手にしました。
オペラシオン・プエルト(2006年)
2006年、スペインの医師が選手に勝利のための薬物を投与していた疑いで摘発される事件が発生しました。コンタドールの所属していたチーム内でもその医師と関係のある選手がいたため、警察はコンタドールが薬物を摂取したかどうかを調査しました。その影響でコンタドールは2006年のツール・ド・フランスに出場できなくなりましたが、後の捜査ではコンタドール自身がその医師から薬物を摂取していないと判断されました。この事件は「オペラシオン・プエルト・ドーピング事件」として知られ、サイクリング界に大きな波紋を広げました(関連の詳細はこちら参照)。
特徴と評価
- 登坂力:急勾配の山岳でのアタックを得意とし、総合争いで決定的な差をつけることが多いです。
- レーススタイル:積極的に攻撃を仕掛けるレーサーとして知られ、観客からは「エル・ピストレロ(El Pistolero)」という愛称で親しまれています。
- 総合力:タイムトライアルや平坦での忍耐力も備え、ステージレースの総合成績を狙えるオールラウンダーに近い能力を持っています。
論争とその影響
キャリアを通じてコンタドールは成績と同様に論争の的にもなりました。2006年のオペラシオン・プエルト以降も、ドーピングをめぐる調査や法的な争いが取り沙汰され、支持者と批判者の両方を生みました。これらの出来事は彼の競技人生と評価に複雑な影響を与えています。
遺産
コンタドールはスペイン自転車競技界を代表する選手の一人であり、その激しい勝負根性と山岳での強さは多くのファンに印象を残しました。同時に、疑惑や調査がつきまとったため評価は一様ではありませんが、グランツールの舞台で見せたパフォーマンスは長く記憶されるでしょう。

