ビング・ラッセル(Bing Russell、1926年5月5日 - 2003年4月8日)は、アメリカの俳優であり、のちに独立系の野球クラブオーナーとしても知られる人物である。映画やテレビで数多くの脇役やゲスト出演を重ね、特に西部劇やドラマ作品で幅広く活躍した。1959年から放送された人気テレビ西部劇『ボナンザ』ではクレム・フォスター副保安官役として繰り返し登場し、1950〜60年代から1970年代にかけて映画やテレビシリーズに数多く出演した。1960年の映画『マグニフィセント・セブン』にも出演している。
俳優活動に加え、ラッセルは1970年代にオレゴン州ポートランドを拠点とする独立リーグのチーム、ポートランド・マーベリックスを創設・運営したことで広く知られる。マーベリックスは1973年から1977年まで存在し、メジャーリーグ傘下のチームとは一線を画した「オープンなトライアウト」やユニークな運営方針で注目を集めた。プロスポーツの慣習にとらわれない自由なチーム作りは地元ファンに愛され、後年ドキュメンタリー映画でも取り上げられている。
家族では、ゴールデングローブ賞にノミネートされた俳優、カート・ラッセルの父親としても知られる。さらに、ラッセルは俳優のワイアット・ラッセルの祖父であり、ワイアットはゴールディ・ホーンとカート・ラッセルの息子で、かつてはプロのアイスホッケー選手としても活動した経歴がある。また、元メジャーリーガーのマット・フランコはカート・ラッセルの甥にあたり、ラッセル家はエンターテインメントとスポーツの両分野で幅広い足跡を残している。
ビング・ラッセルは2003年4月8日に76歳で亡くなった。俳優としての長年の活動と、ポートランド・マーベリックスを通じた独創的な野球運営は、彼のユニークな人物像とともに今も多くのファンに記憶されている。