ダグラス・ハード(ウェストウェルのハード男爵、1930年生)
マーガレット・サッチャーおよびジョン・メージャーの内閣で1979年から1995年に務めたイギリス保守党の政治家。内務大臣、外務大臣などの要職を歴任し、のちに貴族院議員となった。
概要
ダグラス・リチャード・ハード(ウェストウェルのハード男爵、1930年3月8日生まれ)は、マーガレット・サッチャーおよびジョン・メージャーの政権で長期にわたり閣僚を務めたことで知られるイギリスの政治家である。保守党の伝統に連なる人物であり、党内の長老格として広く見なされている。1974年に庶民院議員となって以後、全国的に知られる政治家となり、1980年代の大半から1990年代初頭にかけて有力な閣僚であり続けた。
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4 画像生い立ちと議会入り
ハードはマールバラの市場町、ウィルトシャーに生まれ、1970年代初頭に選挙政治の道へ進んだ。1974年2月の総選挙でミッド・オックスフォードシャー選挙区選出の庶民院議員に初当選した。この選挙区は1983年にウィットニー選挙区となった。議員としての初期には外交政策と欧州問題で地歩を固め、これらは後年の閣僚としての活動の多くを方向づけた。また、政治評論と小説の双方を執筆したことでも知られ、議会での職務を超えて公的な存在感を保った。
主な役職と職責
ハードは政府内で相次いで要職を務め、1979年には現代的な欧州担当大臣職の初代に就任した。主な閣僚任命は以下のとおりである。
- 欧州担当大臣(1979年–1983年):英国と欧州共同体の関係および関連政策を担当した。
- 北アイルランド担当大臣(1984年–1985年):政治面・治安面の懸念が特に強かった時期に、困難な職責を担った。
- 内務大臣(1985年–1989年):国内安全保障、警察、移民問題を所管した。
- 外務大臣(1989年–1995年):冷戦後の激動する国際情勢のなかで、英国の外交関係を扱った。
党首選、引退と貴族院
1990年、ハードは保守党党首としてサッチャーの後継を選ぶ選挙に立候補したが、党首には選出されなかった。その後もメージャー政権で政府の第一線にとどまったが、1995年の内閣改造で閣僚を退いた。2年後、ウェストウェルのハード男爵として一代貴族に叙され、貴族院の議席を得た。以後も討論や公的活動に積極的に関与した。
後年の活動と評価
庶民院を去った後も、ハードは評論家、作家、党の長老として公的な役割を維持した。また、保守党内の穏健派および親欧州派の潮流と結び付けられてきた。トーリー改革グループの後援者を務め、外交政策、市民的自由、憲法問題に関する議論にしばしば参加している。とりわけ外交と国内安全保障における長い閣僚歴は、20世紀後半の英国政府を評価する後任閣僚や歴史家にとって、しばしば参照点となっている。
特筆すべき事項
ハードの経歴は、高位の公職を幅広く担ったこと、また二つの首相政権にまたがる継続性をもたらしたことに特色がある。公にされた著作、ときおりの演説、シンクタンクや党内団体への参加によって、正式な引退後も世間の注目を集め続けた。伝記的事項や経歴の詳細については、英国政治における役割と貢献を記録する議会資料および信頼できる伝記を参照されたい。
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関連項目
著者
AlegsaOnline.com ダグラス・ハード(ウェストウェルのハード男爵、1930年生) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/117911