概要

ジェローム・ティーズリー(1948年8月13日 – 2016年6月16日)は、戦後1960年代以降のR&Bとソウルの場面で広く活動したアメリカのソウル・ドラマーである。大スターとして知られることは多くなかったが、信頼できるサイドマン兼ツアー・ドラマーとして長いキャリアを築き、モータウンのサウンドとその周辺で活動した演奏家たちと結び付けられることが多かった。

経歴と共演

ティーズリーが広く注目されるようになったのは、ツアー・アンサンブルやスタジオ・グループの一員としてだった。とりわけジュニア・ウォーカー&ジ・オール・スターズでの活動がよく知られており、当時のドラマーがソウル、R&B、ジャズのセッションを行き来していたことを示す数々の共演歴も残している。彼の経歴には、著名な歌手や器楽奏者たちとの、ツアーとレコーディングの双方における評価の高い仕事が含まれる。

  • ジュニア・ウォーカー&ジ・オール・スターズや他のR&Bグループとともにツアーと録音を行った。
  • ソウル歌手のアル・グリーンと共演した。
  • ジミ・ヘンドリックスのようなロック/ブルース色の強い演奏家たちと同じステージに立つこともあった。
  • クラシック・ソウルのウィルソン・ピケットらと共演した。
  • ティナ・ターナーのような力強い表現で知られるパフォーマーとも共演した。
  • サックス奏者のソニー・スティットとのセッションなど、ジャズにまたがる場面でも活動した。
  • ビル・カーをはじめとする、広いジャズおよびR&Bコミュニティで活動する音楽家たちと演奏した。

音楽性と役割

ティーズリーのドラムは、ポケットを重視した演奏に根ざしていた。つまり、露骨な技巧を前面に出すのではなく、歌手やソロ奏者を支える安定したグルーヴ志向のアプローチである。ソウルやR&Bの現場では、明瞭なスネアのバックビート、控えめで的確なフィル、そしてホーン・アレンジやボーカルのフレージングを支えるダイナミクスのコントロールによって、確かなリズムの土台を提供する役割を担った。この柔軟さにより、求められればよりロック寄りの場面やジャズ寄りの場面にも対応できる、重宝される伴奏者となった。

晩年、死去と遺産

晩年もティーズリーは断続的に演奏とツアーを続けた。2016年6月16日、アリゾナ州フェニックスの病院で死去。病状についての報道では肺がん肝がんの合併症が挙げられ、享年67だった。大きなソロ名声を得ることはなかったが、そのキャリアは、20世紀後半のアメリカ大衆音楽を形作った多くの実働ミュージシャンの、堅実な貢献を象徴している。

特筆事項

ティーズリーの歩みは、ソウルとR&Bの歴史が、見出しを飾るスターだけでなく、熟練したサイド・ミュージシャンによっても支えられてきたことを示している。彼のようなドラマーは、地域ごとのツアー回路、スタジオ企画、そして大物アーティストをつなぎ、ジャンルや世代をまたいで様式的な特徴を伝えていった。