ジョン・ホスパーズ:哲学者・初期リバタリアン指導者
ジョン・ホスパーズ(1918–2011)のアメリカ人哲学者としての業績、リバタリアン運動への関与、1972年大統領候補、アイン・ランドとの関係、後世への影響を解説する。
概要
ジョン・ホスパーズ(1918年6月9日–2011年6月12日)は、道徳的・政治的問題に関する研究と、形成途上にあったリバタリアン運動での役割で知られたアメリカの哲学者、公共知識人である。また、政治活動家として政治組織化にも加わり、古典的自由主義の理念を広める手段として公職選挙に立候補した。キャリア初期には、小説家・思想家のアイン・ランドと個人的かつ知的な交流があったが、両者の見解と関係は後に分かれていった。
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4 画像哲学と学術活動
ホスパーズは、教育者、著述家、批評家としてキャリアの大半を過ごした。分析的な手法の訓練を受け、倫理学、美学、政治哲学に関する論考を執筆した。その仕事は明晰な論証を重視し、個人の権利、道徳的責任、国家権力の規範的限界といった原理を検討するものであった。数十年にわたり、専門家のみならず、哲学上の問題への厳密な入門を求める一般読者にも向けて、書籍、論文、教科書を著した。
政治活動と1972年の選挙運動
ホスパーズは、一般に現代アメリカのリバタリアニズムと呼ばれる立場を、初期から公に支持した。この政治的立場は、個人の自由、限定政府、自由市場、市民的自由の保護を重視する。1972年、これらの理念を掲げる組織的な政治的手段として結成された全国規模のリバタリアン党から、同党初の大統領候補に指名された。1972年アメリカ大統領選挙では、背信選挙人がリバタリアン党の候補者組に大統領選挙人票1票を投じたことで、この候補者組は草の根の集会を超えた注目を集めた。これによりホスパーズは、同年に選挙人票を得た唯一の少数党の大統領候補となると同時に、新党の知名度を高めた。
アイン・ランドとの関係
ホスパーズとアイン・ランドは、初期には個人主義への関心と集団主義的な教義への批判を共有していた。両者は書簡を交わし、自由に関心を寄せる著述家や思想家のより広い共同体の中で交流した。しかしホスパーズは独立した哲学者であり、ランドの客観主義運動を全面的に受け入れたわけではなかった。方法、重点、哲学的立場の違いにより、両者は異なる知的立場を占めることになった。
遺産と主な事実
ホスパーズは、学術的活動と公的な提唱活動を結び付けた人物として記憶されている。1972年の立候補は、リバタリアン党が全国的な認知を得る助けとなった形成期の出来事として、アメリカの第三党の歴史でしばしば取り上げられる。彼はその後も長年にわたり、哲学と政治を主題として教育、執筆、講演を続け、93歳で生涯を終えた。その生涯は、自由と政府の役割をめぐる公共的な論争に哲学的な明晰さをもたらそうとした、20世紀アメリカ思想の一潮流を示している。
基本情報
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ジョン・ホスパーズ:哲学者・初期リバタリアン指導者 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/122502
出典
- lp.org : "John Hospers, first Libertarian presidential nominee, dies at 93"
- reason.com : "John Hospers, RIP"