ルートヴィヒ・ヨーゼフ・ヨハン・ウィトゲンシュタイン(1889年4月26日 - 1951年4月29日)は、オーストリア出身の哲学者である。主に論理学の基礎、数学の哲学、心の哲学、言語哲学の分野で活躍し、20世紀を代表する哲学者の一人とされる。出生はウィーンの裕福な実業家一家で、若い頃は工学を学んだ後に哲学へ転向した。
生涯の概略
ウィトゲンシュタインは幼少期から高い知的才能を示し、まず工学を学んだのち、1911年頃にケンブリッジ大学でバートランド・ラッセルに師事して哲学を学んだ。第一次世界大戦中はオーストリア=ハンガリー帝国の軍務に就き、その間に主要な初期著作の素描を進めた。1921年に主要な初期著作が出版されると、一時学界を離れて小学校の教員や庭師、建築の手伝いなど様々な職を経験した。後年ケンブリッジへ戻り、学生たちと議論を重ねながら新たな哲学的方向を形成した。1951年にケンブリッジで亡くなった。
主要著作と思想の変化
ウィトゲンシュタインの思想は大きく「初期」と「後期」の二段階に分けられる。初期の代表作は『論理哲学論考』(Tractatus Logico-Philosophicus、1921)であり、後期の代表作は主に死後出版された『哲学的考察』(Philosophical Investigations、1953)である。両者は立場を大きく変えており、20世紀の分析哲学に与えた影響は非常に大きい。
- 初期(『論理哲学論考』):言語の「写像理論(picture theory)」を提示し、言語は世界の事実を論理的に写すものと考えた。命題の論理形式の分析を通じて、語りうることと言えないこと(「語り得ないこと」)の区別を強調し、形而上学的・倫理的な問題の限界を示した。
- 後期(『哲学的考察』など):言語を固定された意味をもつ記号の体系としてではなく、様々な文脈で用いられる「言語ゲーム」として理解する視点を提示した。意味は用法に依存するという「用法論」(use theory of meaning)や、私的言語論証(private language argument)、規則従行為(rule-following)の問題などを通じて、言語理解や心の哲学に関する従来の見方に挑戦した。
主要なテーマ・概念
- 写像理論と論理的形態:命題が世界をどのように「写す」のか、という問題を通して言語と世界の関係を考察した。
- 示すことと述べること(show/say):ある種の事柄は論理的に「示される」だけであって言語で明示的に記述できない、という区別を導入した。
- 言語ゲームと用法論:言語の意味はその用法に由来し、多様な社会的文脈や活動のなかで成立するという考え。
- 私的言語論証:完全に私的な基準だけで成立する言語はあり得ないと主張し、意味や規則の社会的基盤を強調した。
影響と評価
ウィトゲンシュタインの思想は、論理実証主義や分析哲学、日常言語学派、心の哲学、認知科学など多くの分野に影響を与えた。初期の論理中心的な視点は20世紀前半の論理学・言語哲学に刺激を与え、後期の「用法」重視の視点は言語の社会的側面や意味の実践的側面を再評価させた。彼の文体は断章的で示唆に富み、多くの解釈論争を生んだ。
主な著作(抜粋)
- 論理哲学論考(Tractatus Logico-Philosophicus、1921) — 初期の代表作。論理・言語・世界の関係を論じる。
- 哲学的考察(Philosophical Investigations、1953) — 後期の代表作。言語ゲーム、用法論、私的言語論証などを展開。
- 青本・茶本(Blue and Brown Books) — 後期思想への転換を示す講義録。
- 確実性について(On Certainty) — 知識の前提や懐疑主義への応答を扱った断章(死後刊行、1969)。
- 色についての断章(Remarks on Colour)、Zettel などの断章集 — 様々な哲学的問題への短いメモ類。
補足
ウィトゲンシュタインは生前の出版点数こそ少なかったが、膨大な講義ノートや講義録が死後整理・出版され、その思想の全体像を理解するための重要な資料となっている。彼の仕事は哲学の方法論自体を問い直すものであり、今日でも活発に読まれ、議論され続けている。


