レンベルト・ドドアン(Rembert Dodoens)|フランドルの医師・植物学者(1517–1585)
16世紀フランドルの名医・植物学者レンベルト・ドドアン(1517–1585)。革新的な薬草図譜で近代植物学に影響を与えた生涯と業績を詳説。

レンベルト・ドドアン(Rembert Dodoens、1517年6月29日 - 1585年3月10日)は、フランドル地方の医師、植物学者である。ラテン語名のRembertus Dodonaeus(レンベルトゥス・ドドネウス)とも呼ばれる。
生涯と活動
レンベルト・ドドアンは16世紀のヨーロッパで活躍した医師兼植物学者で、薬用植物の知識を実用的に整理・伝えることで知られる。生地はフランドル地方(現在のベルギー付近)で、医学と薬草学を基盤に活動し、医師としての経験を植物学研究に生かした。生涯を通じて、植物の同定・記載とその薬効に関する観察を蓄積し、それを一般実務者や薬剤師にも利用しやすい形でまとめ上げた。
主要な著作
- Cruydeboeck(1554年) — ドドアンの代表作で、オランダ語で書かれた博物誌(ハーバル)。各種の植物について形態、産地、薬効、利用法、俗名などを記載し、木版図版を多用して分かりやすく提示した。この書は広く読まれ、後にラテン語・フランス語・英語などに翻訳・改訂され、多数の版を重ねてヨーロッパ全域で影響力を持った。
- その他、薬用植物に関する観察や医学的記述を含む著作や版があり、時代を越えて薬学・植物学の実務書として参照された。
業績と特徴
- 植物記載の実用性:薬効や用途を重視した記載で、医師や薬剤師、農民にも役立つ実用書として評価された。
- 分類の先駆性:単に薬効別に並べるのではなく、形態や類縁性を考慮して植物を配列する工夫を行い、後の自然分類へつながる考え方を示唆した。
- 図版の活用:多数の木版図版(木版画)を用いて視覚的に識別しやすくしたことが、利用者にとって大きな利点となった。
- 普及性:母語(オランダ語)での記述により、学術者だけでなく実務者・一般人にも植物知識を広める役割を果たした。
影響と遺産
ドドアンの著作は16〜17世紀のヨーロッパにおける植物学と薬学の発展に大きく寄与した。彼の書物は多くの翻訳・重版を通じて広まり、当時の薬局や医療現場で参照され続けた。また、後の植物学者たちにも影響を与え、カール・リンネ(Carl Linnaeus)はその功績を讃えて属名にちなんだ命名を行っている(例:Dodonaeaなど)。彼の実用重視の記述様式や図版の充実は、近代的な博物誌・植物図鑑の形成に寄与した。
補足
呼称:文献によってはラテン語名の Rembertus Dodonaeus(レンベルトゥス・ドドネウス)で表記されることが多い。
評価:学術的精密さだけでなく利用者目線の整理・表現によって、当時の実務的知識の伝達に優れた人物とされる。
バイオグラフィー
ドドエンスはメヘレンに生まれた。1530年、ルーヴェン大学で医学、宇宙誌、地理学の勉強を始める。1535年に卒業。1538年、メヘレンで医師となる。1539年、カテライネ・デ・ブルイン(e)と結婚。バーゼルに短期間滞在(1542-1546)。1557年、ルーヴェン大学での教授職を辞退。また、スペイン皇帝フィリップ2世の宮廷医になる申し出も断った。1575年から1578年にかけて、ウィーンでオーストリア皇帝ルドルフ2世の侍医となる。その後、1582年にライデン大学の医学部教授となり、亡くなるまで同大学に在籍した。
ドドンスは1554年に『クリュイデボック』を書きました。彼の時代には、聖書に次いで最も多く翻訳された本であった。この本は世界的に有名な作品となり、2世紀にわたって参考書として使われた。
ドドネア属の植物は、カロルス・リンネウスが彼の名をとって命名した。
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