聖書(しばしば「聖なる書」や「聖なる聖書」と呼ばれる)は、ユダヤ教およびキリスト教の宗教的なテキストの集合体です。英語の “Bible” はギリシャ語 τὰ βιβλία(biblía、「書物たち」)に由来し、一冊の書としてまとめられているものの内部には多数の個別の書(巻)が含まれています。聖書の内容は、律法、歴史物語、詩歌、祈り、格言(知恵文学)、預言といった多様なジャンルにわたります。ユダヤ人が用いるヘブライ語聖書(タナハ)と、キリスト教の聖書には共通部分が多く存在します。なお、イスラム教ではキリスト教の福音書に対応する啓典を一般に「インジル」と呼びます。
起源と聖書の霊感(インスピレーション)
聖書がどのように成立し、どのように神の言葉とみなされるかは宗派や伝統によって説明が異なりますが、聖書自身の言葉として引用される場面は多くあります。たとえば、第二ペテロ1:21は「預言は人間の意志によってなされたのではなく、聖霊によって動かされた人たちが神から語った」と述べ、イザヤ55:11では「私の言葉は、私の口から出るもので、それは、決してむだには帰らず、私の願う事を成し遂げる」と語られます。また、ヘブル4:12では聖書の言葉の鋭さや判断力を象徴的に表現しています。これらの聖句は、多くの信仰共同体が聖書を「神の啓示」「霊感を受けた書」として尊重する根拠のひとつです。
成立過程と本文の伝承
聖書の各書は長い年月にわたって個別に成立し、後に編纂・収集されて「聖書」として定められました。主な原語は旧約が主にヘブライ語(一部アラム語)、新約はコイネー・ギリシャ語です。旧約のギリシャ語訳(七十人訳聖書=セプトゥアギンタ)は古代から広く用いられ、初期キリスト教に大きな影響を与えました。ラテン語訳(ヴルガータ)は西方教会の標準となりました。
写本史料としては、死海文書(紀元前3世紀〜紀元1世紀ごろ)が旧約聖書本文の古い断片を提供し、現存する最古級のギリシャ語の完全なキリスト教聖書写本には4世紀のシナイティカス写本(Codex Sinaiticus)やヴァチカヌス写本(Codex Vaticanus)があります。現存する最も古い完全なヘブライ語聖書写本としては、中世のレニングラード写本(Leningrad Codex、1008年頃)が知られています。
聖書の構成:旧約と新約、外典(外典・外書)
一般にキリスト教の聖書は「旧約聖書」と「新約聖書」に分かれます。旧約はイスラエルの歴史・律法・詩歌・預言を含み、新約はイエス・キリストの生涯と弟子たちの教え、初期教会の書簡や黙示録を収めます。どの書を「聖典」とするか(=カノン)は宗派ごとに異なり、特に旧約の周辺書(いわゆる外典・第二正典・外書と呼ばれる書物)を受け入れるかどうかで差があります。
宗派ごとの収録書(概略)
ここでは主要な伝統ごとの収録書の範囲を概説します。各宗派にはさらに細かな差異や歴史的変遷があります。
- ユダヤ教(タナハ)
ユダヤ教の聖典はタナハ(Tanakh)と呼ばれ、三つの部分に分かれます:トーラー(律法)、ネヴィイーム(預言書)、ケトゥビーム(諸書)。ユダヤ教の伝統的な数え方では合計24巻とされます(キリスト教の旧約での39巻に対応)。 - プロテスタントの聖書(一般に66巻)
旧約39巻(ユダヤ教のタナハに対応)と新約27巻を合わせて66巻。カトリックや正教会が含める外典(第二正典)はプロテスタント聖書には含まれないのが通常です。 - カトリック教会(ローマ・カトリック、73巻)
新約27巻に加え、旧約としてプロテスタントの39巻に加えて以下の「第二正典(外典)」が正式に含まれます:トビト記、ユディト記、エステル記付加篇、知恵の書、シラ書(集会の書・ソロモン以外の知恵文学として訳される事もある)、バルク書(およびエレミヤへの手紙)、マカバイ記1・2、ダニエル書の付加(アザリヤの祈りと賛歌、スザンナ、ベルと竜)など。カトリック教会は16世紀のトレント公会議(Council of Trent)で現行のカノンを確認しました。 - 正教会(東方正教会)
東方正教会は伝統的に旧約の収録に幅があり、教会によって収録書の範囲が多少異なります。一般にカトリックより多くの旧約書(たとえば詩篇151篇、マカバイ記の追加書、1エズラ(1 Esdras)など)を用いる場合があります。正教会では教会伝承と典礼で受け継がれてきたことが重視され、地域差があります。 - エチオピア正教会(ティワヒド)
エチオピア正教会の聖書は最も収録数が多く、典礼で用いる書物の範囲は地域的に拡張されてきたため、一般に約81巻前後とされます。ここには1エノク書やユビル書(創世記外典)など、他のキリスト教伝統では外典とされる書も含まれます。
上記は代表的な分類の概要で、各宗派内にも歴史的な議論や地域差、典礼上の取り扱いの差が存在します。
カノンの形成と歴史的決定
どの書が正典に入るか(カノン化)は長期にわたる議論と教会・共同体の判断を経て決まりました。ユダヤ教側でもタナハの確定に関する歴史的議論があり、キリスト教側では4世紀ごろの教父たちの議論や地方会議、後には公会議での確認が影響しました。プロテスタント諸派は16世紀の宗教改革以降、カトリックの第二正典を歴史的・教義的理由で除外することが多く、カトリックはトレント公会議でカノンを公式化しました。
聖書の役割と意義
聖書は宗教的教義の基盤であると同時に、倫理・礼拝・教会制度・信仰生活の指針として用いられてきました。また、文学的・歴史的資料としても非常に重要で、文化や芸術、法律、社会思想に大きな影響を与えています。学術的研究(聖書学、歴史批評、考古学による検討)と信仰的受容は必ずしも同一視されず、両者の間での対話・議論が続いています。
参考となる本文資料と写本
重要な写本・資料としては、死海文書(旧約本文の古い断片群)、シナイティカス写本・ヴァチカヌス写本(4世紀のギリシャ語写本)、中世のレニングラード写本(完全なヘブライ語聖書写本)などがあります。これらの史料は聖書本文の成立や伝承を研究するための基礎資料となっています。
最後に、聖書の読み方や扱い方は宗派や信仰的立場によって異なります。歴史的背景や本文伝承、各宗派のカノン観を理解することで、聖書が持つ多層的な意味をより深く知ることができます。

