リチャード・ウォルター・バートン CBE(1925年11月10日 - 1984年8月5日)は、ウェールズの舞台・映画俳優である。

40本以上の映画に出演し、アカデミー賞に7回ノミネートされた。BAFTA賞、ゴールデングローブ賞、トニー賞の主演男優賞を受賞している。1960年代半ば、バートンは興行界のトップスターの仲間入りをし、1960年代後半には世界で最も稼いだ俳優の一人となった。バートンは100万ドル以上の出演料と興行収入の分配を受け取るなど、当時としては破格の条件で仕事をしていた。

バートンは、2番目の妻である女優のエリザベス・テイラーと華やかで波乱に満ちた関係を築き、私生活が常に大きな話題となった。二人の結婚と離婚を経ての再婚などは世界中の注目を集めた。

生い立ちと初期経歴

ウェールズの炭鉱地帯で生まれ育ったバートンは、若い頃から演劇に興味を持ち、地元の劇団やリパートリー劇場で経験を積んだ。師であり後に彼のキャリアに大きく影響を与えた人物の存在により、ロンドンの舞台へと進出する機会を得た。舞台俳優としての評価を高めるなかで、映画出演への道が開けていった。

映画と舞台での活躍

バートンは舞台俳優としての深みのある演技と、特徴的な低く響く声で知られ、シェイクスピア作品や現代劇の重厚な役柄を得意とした。映画では幅広い役柄をこなし、批評家・観客双方から高い評価を受けた。代表的な作品には以下が挙げられる:

  • Becket(『ベケット』)
  • Cleopatra(『クレオパトラ』) — マーク・アントニー役
  • Who's Afraid of Virginia Woolf?(『バージニア・ウルフなんかこわくない?』)
  • The Spy Who Came in from the Cold(『寒い国から帰ってきたスパイ』)
  • My Cousin Rachel(『いとこのレイチェル』)

舞台ではハムレットなどの古典的な役を演じ、その迫力ある存在感で観客を魅了した。映画と舞台の両面で活躍したことで、20世紀中葉から後半にかけて国際的なスターとしての地位を確立した。

受賞と評価

生涯にわたり多数の賞にノミネートされ、幾つかの主要な賞を受賞した。特に演技力と舞台上での存在感、またスクリーン上でのカリスマ性は高く評価され、同時代の俳優の中でも特に影響力のある人物と見なされている。一方でアカデミー賞は受賞に至らなかったが、7回のノミネートはその実力の証である。

私生活と晩年

公私ともにドラマティックな人生を送り、複数回の結婚と離婚、特にエリザベス・テイラーとの結びつきが大きな話題を呼んだ。飲酒や健康問題に悩まされる時期もあり、これらは晩年の生活に影を落とした。バートンは1984年8月5日に他界したが、その死は世界中に惜しまれた。

遺産と影響

リチャード・バートンは、その強烈な個性と幅広い演技力により、現代演劇・映画史に残る俳優の一人とされている。彼の舞台上での解釈やスクリーン上での表現は後進の俳優にも影響を与え続けており、今なおその出演作は高く評価され続けている。