Sir Charles Edward Kingsford Smith(1897年2月9日 - 1935年11月8日)は、オーストラリアの著名な飛行機のパイロットであり、国民的英雄の一人とされています。愛称は「Smithy(スミシー)」で、民間航空と長距離飛行の先駆者として知られています。
生い立ちと航空への道
キングスフォード=スミスはクイーンズランド州ブリスベンで生まれ、青年期に航空に興味を持ちました。第一次世界大戦で軍の航空関係に携わり、そこで得た飛行経験と操縦技術を基に戦後は民間飛行へ転じました。戦後は興行飛行(バーンストーミング)や定期航路の開拓にも関わり、チャールズ・ウルム(Charles Ulm)らと協力してオーストラリアの航空発展に寄与しました。
代表的な業績と記録
- 太平洋横断(1928年):キングスフォード=スミスは、単に国内飛行の名手というだけでなく、国際的な長距離飛行の先駆者でもありました。彼が操縦したフォッカー三発機「Southern Cross」での飛行は特に有名で、アメリカからの出発地を経て、太平洋を横断してオーストラリアに到達するという歴史的偉業を成し遂げました。これにより大陸間の航空路開拓と航法技術の進歩に大きく貢献しました。
- オーストラリア全土の無着陸横断:国内初の長距離無着陸飛行を行い、広大なオーストラリア大陸における航空技術の可能性を示しました。
- オーストラリアからニュージーランドへの飛行成功:近隣諸国間の飛行安全と定期路線の導入につながる実績を残しました。
- イギリスのロンドンへ約10日半で到達した長距離飛行など、欧州との往復でも新記録や注目すべき実績を挙げ、当時の国際的な注目を集めました。
晩年と失踪
キングスフォード=スミスはその後も記録や新航路の開拓に挑み続けましたが、1935年に再び記録に挑戦中に行方不明となり、その後死亡が確認されました。最後の機体は「Lady Southern Cross」と呼ばれ、彼の失踪は当時もその後も大きな衝撃を与え、長年にわたり謎とされました。一部の破片や手がかりが後年に発見されることはありましたが、完全な解明には至っていません。
栄誉と遺産
キングスフォード=スミスは生前あるいは死後に多くの栄誉を受け、オーストラリア国内で高く評価されています。代表的な遺産としては、シドニーの主要空港が彼の名を冠していること(通称キングスフォード=スミス空港)や、記念碑、切手や教科書での顕彰などが挙げられます。彼の業績は、今日の国際・地域航空網の基礎を築き、オーストラリアの航空史における重要な章を残しました。
まとめ:Sir Charles Edward Kingsford Smithは、長距離飛行と航法技術の発展に大きく貢献したパイオニアです。彼の太平洋横断や国内外での記録的飛行は、航空史における象徴的な出来事として語り継がれています。