ポントス・ギリシャ人は、ポンティア人、またはポントスのギリシャ人とも呼ばれ、現在のトルコ北東部にあたる黒海南岸に歴史的な祖地を持つ、ギリシャ系の民族文化共同体である。共同体はポントスという地域的な起源、ポントス・ギリシャ語として知られる独自の口語、そして他のギリシャ人集団と区別される音楽・舞踊・料理などの文化的伝統によって特徴づけられる。

言語と文化的特徴

ポントス・ギリシャ語(研究では単にポントス語と呼ばれることもある)は、古風なギリシャ語の特徴を多く残し、トルコ語、アルメニア語、その他の地域言語の影響を示す方言群である。伝統的なポントス文化には、リラを中心とする独特の音楽、結婚式や追悼行事でしばしば演じられる活気ある踊り、そして黒海沿岸の食材を生かした固有の料理が含まれる。

歴史の概略

ギリシャ人は古代から黒海南岸に定住しており、この地域は後に中世のトレビゾンド帝国(1204年–1461年)の中核となった。オスマン帝国による征服後も、ポントス・ギリシャ人は沿岸の町や山地の内陸村に住み続けた。19世紀末から第一次世界大戦およびその余波にかけて、共同体の人々は、崩壊しつつあったオスマン体制と当時の混乱した民族紛争の一部として、追放、殺害、強制移住を経験した。1923年の大規模な住民移送によって、多くの生存者は正式にギリシャ国家へ移され、人口構成は大きく変化した。

  • 起源:古代ギリシャの植民と継続的な定住。
  • 中世の自治:トレビゾンドを中心とするトレビゾンド帝国。
  • 近代の激動:後期オスマン時代、第一次世界大戦、住民交換。

この共同体を指す呼称は、言語や視点の違いを反映している。ギリシャ語ではしばしばPontioiと呼ばれ、トルコ語ではPontus Rumlarıとして知られてきた。英語では「Pontic」と「Pontian」が同義語として一般に用いられる。

現代の分布とアイデンティティ

今日、ポントス・ギリシャ人は主としてギリシャに住み、1923年以降に都市部や農村部へ定住したほか、コーカサス、ロシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカ大陸のディアスポラ共同体にも見られる。多くの人々は、地域団体、音楽団、記念行事などを通じてポントス文化とポントス語の要素を守っている。子孫のあいだではポントス方言とその遺産への関心が続いており、学術研究ではこの言語の古風な特徴と、他言語との接触の中での変化が検討されている。

言語や文化の詳細については、ポントス・ギリシャ語や、黒海沿岸の黒海ギリシャ人共同体に関する研究を参照。