サッカラの石版は、古代エジプトの王名表を刻んだ石板で、発見当初からエジプト史の年代復元に重要な資料とされてきました。古代エジプトの王名が一列に並び、特に新王国時代の王であるファラオの系譜が記されています。1861年にサッカラの墓で発見され、発見された墓の主は、ファラオ・ラメセス2の役人ティエンリー(またはティジュネロイ)でした。ティエンリーは神官であり、「すべての王室モニュメントの工事の監督(王室記念物の建設監督)」という立場にありました。石版は現在、エジプト博物館に所蔵されています。

発見と来歴

石版は1861年にサッカラの塚墓から発見され、その出土以来考古学・歴史学の注目を集めてきました。出土後まもなく記録や図版が作成され、初期の図版や写真は1865年に出版されています。長年にわたり研究者たちが断片をもとに解析を続け、他の王名表(例:アビドス王名表、トリノ王名表)と照合して古代エジプトの王朝史の再構築に用いられてきました。

内容と特徴

  • 記載範囲:第1王朝のアネジブ(アネジブ)やカーア(カーア)から、ラメセス2まで、当初は58人の王名が刻まれているとされます。
  • 現存数:石の損傷が大きく、現在確認できる名前は約47名分にとどまります。
  • 配列:リストは逆の年代順、すなわち新しい王から古い王へ遡る形で記載されています。
  • 表記:各王名はカルトゥーシュと呼ばれる縁取り(楕円形の枠)で囲まれており、王名としての区別が明確に示されています。
  • 欠落と省略:第二中間期の支配者や、外来勢力であるヒクソス王朝、そしてアマルナ期の異端視された王(例:アクエンアテン)など、政治的・宗教的理由で正統と見なされなかった王の名前は意図的に除外されています。

誤りと制約

サッカラの石版は重要な史料である一方、完全な正確性を期待できない点もあります。たとえば、第3王朝では本来の王のうち4人分しか記されておらず、王名の抜けや順序の誤りが見られます。逆に、第12王朝の王については比較的正しい順序で記されていることが確認されています。このような不一致は、石版が作成された時点での史料の取り扱いや編纂者の意図、あるいは伝承の混乱を反映していると考えられます。

歴史学的意義

サッカラの石版は、他の王名表と併用することで王朝の年代を補強・修正するうえで貴重な補助資料となります。特に、除外された王や外来支配をどう扱うかという「正統性」の問題を示す史料として、古代エジプトの政治意識や王権観を読み解く手がかりを与えます。ただし、石版自体が断片的で誤りを含むため、単独で絶対的な年代決定に用いるのは避け、出土資料や他の記録と照合する必要があります。

現状と保存

発見当初からの保存状態は良好とは言えませんが、現在はエジプトの所蔵館で管理され、保存処理や記録化が進められています。研究者たちは複数の資料を突き合わせて読み取りを続けており、写真や拓本、近年のデジタル撮影などを通じて石版の情報はより精密に解析されています。

要点をまとめると、サッカラの石版は古代エジプト王権史の研究に重要な一次資料でありながら、断片性や編纂上の偏り・誤りを持つため、他資料との総合的な比較・検証が不可欠です。