アメリカの歌手、セレナのアルバム・ディスコグラフィーの概要と主要なリリース、代表的なヒット曲や売上・チャート実績を整理したページです。このディスコグラフィーには彼女の6枚のスタジオアルバムが含まれています。他にリリースされたコンピレーション・アルバムが17枚、リミックスアルバムも3枚あります。以下では年代順に主なアルバムとその特徴、チャートや認定に関する情報をわかりやすくまとめます。

初期:EMI Latinとの契約とラテン地域での成功(1989–1992)

セレナは1989年にEMI Latinと契約し、同年セルフタイトルのアルバムをリリースしました(当該作品についてはセルフタイトルのアルバムとして言及されています)。1990年11月には2作目のスタジオアルバム「Ven Conmigo」をリリースし、女性シンガーによるテハーノ(テキサス系メキシカン・カントリー)アルバムとして注目を集め、ゴールド・ステータスを獲得するなど商業的に成功しました。メキシコのラテン・リージョナル・アルバム・チャートでも上位にランクインしています。

ブレイク:Entre A Mi Mundo とライブ・アルバム(1992–1993)

1992年9月5日、3枚目のスタジオアルバム『Entre A Mi Mundo』を発表。米国およびメキシコで数十万枚規模の売上を記録し、ラテン系チャートで高位に入るなど大きな反響を呼びました(アメリカではゴールド認定を受けるなどの実績があります)。このアルバムはメキシコのラテン・リージョナル・アルバム・チャートで1位を記録し、ビルボード200でも上位に入るなど国際的にも注目されました。

続いて発表された初のライブ盤・4作目のスタジオ的性格を持つアルバム「Selena Live!この」には3曲の新曲を含み、テキサス州コーパスクリスティでのコンサート録音が中心です。この作品は商業的にも成功し、グラミー賞「ベスト・メキシカン・アメリカン・アルバム」を受賞、ラテン系チャートで高順位を獲得しました。

さらなる飛躍:『17 Super Exitos』と『Amor Prohibido』(1993–1994)

17 Super Exitos』は3枚目のコンピレーションとしてリリースされ、ファンに広く支持されました。コンピレーションとしての累積セールスも大きく、プラチナ認定を受けるなどの実績があります。

1994年3月22日、通算5枚目のスタジオ作品となる「アモール・プロヒビド」をリリース。ラテン音楽シーンでの代表作の一つとなり、リリース後短期間で大きな売上を達成し、ラテン地域での人気を決定づけました。リード曲群はいずれもラジオやクラブで広く支持され、メキシコと米国のラテンチャートで上位を記録しました。

渡英(クロスオーバー)への準備と悲劇(1994–1995)

「アモール・プロヒビド」ツアー(1994–95年)中、セレナは英語でのクロスオーバー・アルバム制作を進めていました。当初はSBKレコードへの移籍も計画され、複数曲の英語楽曲のレコーディングが進められていましたが、1995年3月にセレナは不慮の死を遂げ、その計画は途絶えました。

その後、リミックスや未発表曲を編集した遺作アルバムが関係者によって編成され、遺作となった『ドリーミング・オブ・ユー』は1995年7月18日に発売されました。本作は発売直後に非常に高い初動売上を記録し、ビルボード200で1位に達するなど、セレナがヒスパニック系アーティストとして米国で達成した重要なマイルストーンとなりました。英語曲の収録やポップ・マーケットへの到達により、国際的な注目もさらに高まりました。

遺作・追悼リリースとボックスセット(1996年以降)

セレナの死後、父親や家族、レーベルは彼女の遺産を伝えるために複数の編集盤やボックスセットを発表しました。1996年には遺作的編集盤「Siempre Selena」をリリースし、オリンピック公式アルバムへの収録などを通じて幅広い注目を集めました。1997年には映画『Selena』のサウンドトラックが発売され、商業的に大きな成功を収めました。

1998年の『アンソロジー』や1999年の『All My Hits/Todos Mis Exitos』、2000年の『All My Hits/Todos Mis Exitos Vol.2』など、複数のベスト盤/コンピレーションが継続的にリリースされ、セレナの楽曲は新しい世代のリスナーにも届き続けています。また、2001年には『セレナライブ!The Last Concert』を発表し、ライブ音源の需要にも応えました。

2000年代以降の編集盤・コレクションと追悼企画

2002年には家族企画のコレクション「20 Years of Music collection」が立ち上がり、9枚組の豪華セットなどがリリースされました。第1弾としての『Ones』をはじめとする編集盤は、ラテン系チャートで上位に入るなど商業的にも成功しました。以降も『Greatest Hits』(2003年)や『Momentos Intimos』(2004年)、10回忌に合わせた『Unforgettable』(2005年)など、多数の編集盤・限定盤が発売され、セレナの音楽は継続して流通しています。

2005年には舞台ショーのサウンドトラック『セレナ「VIVE!」のサウンドトラック』がヒットし、メキシコやスペインのアルバムチャートで高位を獲得しました。2007年には幼少期の録音を収めた『Through the Years/A Traves de los Años』やボックスセット『Forever Selena』などがリリースされ、2009年〜2010年にもボックスセット『Inolvidable」や『La Leyenda』などが発表されました。

評価・遺産:セレナの影響と総売上

セレナは生前と死後を通じて広く支持され、ラテン・ポップおよびテハノ音楽を米国主流市場に押し上げた立役者の一人と見なされています。家族や公式側の集計によれば、セレナはアメリカや世界で2,100万枚以上の売上を記録したとされ、メディアや業界で「テハノ音楽の女王」と評されることが多くあります。ビルボード誌でも「90年代を代表するラテン・アーティスト」の一人として高く評価されました。

まとめ:主要スタジオ作品(概説)

この他にも多数のコンピレーションやボックスセット、未発表音源集がリリースされており、セレナの音楽は今日でも広く聴かれ続けています。彼女の作品はラテン系コミュニティだけでなく、全世界のポップミュージック史においても重要な位置を占めています。