スミス対オールライト裁判(1944年)は、アメリカ合衆国最高裁による画期的な判決である。この判決により、テキサス州の民主党予備選挙でアフリカ系アメリカ人が投票できないようにすることは違憲であるとされた。ひいては、すべての州の白人予備選挙をカバーすることになった。この判決は、民主党が黒人有権者を排除した白人だけの予備選挙を行うことを認めていたGrovey v. Townsend(1935年)を覆すものであった。

背景

20世紀前半の米国南部では、ジム・クロウ法に基づく人種差別的な投票制度が広く行われていた。形式的には黒人にも選挙権が認められていても、実際には読み書き試験や税の支払い義務、暴力や脅迫、そして白人予備選挙(white primary)などの手段によって黒人の政治参加が著しく阻害されていた。特に一党支配の州では、一般選挙で勝つのは事実上その党の予備選挙を制した候補者だけであり、予備選挙から排除されることは実質的な投票権剥奪を意味した。

訴訟の経緯と法的争点

原告はロンニー・E・スミス(Lonnie E. Smith)で、被告は選挙管理に関わる当局者(S. S. Allwright)だった。争点は、政党が予備選挙の参加資格を人種で制限することが、憲法上問題ないかどうかであった。スミス側は、予備選挙が公的な選挙過程の一部として機能している以上、国家行為(state action)に該当し、合衆国憲法修正第15条が禁止する人種に基づく投票差別に該当すると主張した。

最高裁の判断(要旨)

  • 判決は1944年に下され、判決要旨は修正第15条の観点から白人予備選挙を違憲とするものだった(判例報告は321 U.S. 649(1944))。
  • 最高裁は、予備選挙が公的選挙制度の不可欠な部分であり、州がその運営に関与している点を重視して、政党の予備選挙を単なる私的活動とみなすことを拒否した。したがって、予備選挙での人種差別は合衆国憲法の制約を受けると判断した。
  • この判断により、以前の判例Grovey v. Townsend(1935年)で認められていた「政党は私人であり差別は許される」という理解が覆された。

影響と意義

  • 即時的には、南部を含む各州で行われていた白人予備選挙が法的に無効となり、黒人の選挙参加の道が開かれた。
  • 政治的には、黒人有権者の登録・投票が増加し、地方・州レベルの政治構図に変化をもたらした。
  • 法理的には、私的組織が公的機能を実質的に担っている場合には「国家行為」とみなされ、憲法上の制約を受けるという重要な原則が確認された。
  • 長期的には、公民権運動とその後の立法(例えば1965年の投票権法〈Voting Rights Act〉)へとつながる法的・社会的土台の一つとなった。

歴史的評価

スミス対オールライト判決は、アメリカ南部の選挙制度における黒人差別の終焉に向けた重要な転換点と評価されることが多い。単一政党体制下での「予備選挙」が実質的に公的選挙の一部と見なされることを確認したことで、人種に基づく選挙差別を法廷で是正する道が開かれ、以後の公民権に関する一連の勝利と結びついていった。

この判決は法学上・政治史上ともに大きな意味を持ち、アメリカの選挙法と公民権運動の展開を理解するうえで欠かせない節目である。