本文へ移動

聖書のみ(Sola scriptura):聖書を最終権威とするプロテスタントの教理

聖書のみ(Sola scriptura)は、キリスト教の信仰と実践における最終的な規範は聖書だけであるとする宗教改革の原則である。プロテスタントの神学、教会生活、カトリック・正教会との議論に影響を与えた。

聖書のみ(Sola scriptura)(ラテン語のsola scripturaに由来)とは、信仰と道徳に関する事柄では聖書が至高かつ最終的な権威として機能する、という神学的主張である。これは、教会の宣言や聖書外の伝統ではなく、聖書のみが教理を決定するとする。支持者は必ずしも教会の教えや歴史の価値を否定するわけではないが、それらは聖書に従属し、聖書によって吟味されるべきものだと考える。

画像ギャラリー

5 画像

歴史的背景

この語句は、16世紀のプロテスタント宗教改革と広く結び付けられるようになった。当時、マルティン・ルターなどの改革者は、教皇の権威と中世教会の一部の慣行に異議を唱えた。これは運動を導く複数の標語の一つであり、しばしば五つのソラに数えられる。改革者たちは、ローマによる決定や後世の公会議ではなく、聖書のみが教えを定めるべきだと論じた。

主要な特徴と意味

  • 最終権威:聖書は、信条や教えを評価するための究極の基準である。
  • 十分性:聖書には救いとキリスト者の生活に必要な内容が含まれる。ただし、あらゆる歴史的・科学的な詳細を必ず含むという意味ではない。
  • 明瞭性:福音の中核的真理は一般の読者にも理解可能であるが、解釈には慎重さが求められる。
  • 伝統の役割:伝統や教会の教えは解釈の指針となりうるが、聖書に優越することはできない。

諸形態と内部の議論

プロテスタントにおける聖書のみの受容は一様ではない。聖書を唯一の権威とみなし、各信徒が自由に解釈できるとする厳格な「ソロ・スクリプトゥラ」の立場を取る者もいる。一方、多くの信条を重視する伝統では、歴史的な信条や教会会議の枠組みの中で聖書を読み、個人の読解と共同体による解釈の均衡を保つ。

用いられ方、影響、論争

実際には、聖書のみは聖書の広範な翻訳、個人的な聖書読書と説教の重視を促し、プロテスタントの礼拝と教育を形作った。また、単一の中央集権的な教導職がないため、諸教派は論争のある聖書箇所について異なる解釈を発展させ、教理上の多様性にもつながった。とりわけローマ・カトリック教会と東方正教会の批判者は、使徒的伝統や教える権威から切り離して聖書を扱うことは、分裂や誤読を助長しうると論じる。これに対し支持者は、聖書が人間の権威を吟味する明確で客観的な基準を与えると答える。

聖書のみは現在も多くのプロテスタント教会を特徴付ける原則であり、権威、伝統、キリスト教共同体がいかに真理を識別するかをめぐるエキュメニカルな対話の中心的論点である。

ラテン語句 · 聖書 · 教皇 · 宗教改革 · マルティン・ルター · 五つのソラ

関連項目

著者

AlegsaOnline.com 聖書のみ(Sola scriptura):聖書を最終権威とするプロテスタントの教理

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/91624

共有