カムデンの戦いは、1780年8月16日にサウスカロライナ州カムデンの北方で行われた。これはアメリカ独立戦争の南部戦線における主要な会戦であり、明確なイギリス軍の勝利に終わった。この敗北はアメリカ側指揮官の評判を大きく損ない、イギリス軍にサウスカロライナで一時的な優位をもたらした。

背景

1780年、イギリスはロイヤリストを結集させ、アメリカ植民地の支配を取り戻すための南部戦略を進めていた。大陸軍と民兵部隊はその進撃を阻もうと動いた。ホレイショ・ゲイツ将軍率いるアメリカ軍は南へ進軍し、イギリス軍の成果を覆す一撃を狙った。これに対する相手は、コーンウォリス卿の総指揮下で行動するイギリス正規軍とロイヤリスト部隊であった。

兵力と指揮

アメリカ軍は大陸軍正規兵と、経験の浅い民兵を主力としていた。指揮は、サラトガでの以前の成功により期待を集めていたホレイショ・ゲイツ少将に委ねられた。イギリス軍の野戦部隊は、経験豊富な正規兵と植民地部隊で構成されていた。指導力、訓練、戦場経験ではイギリス軍が優位にあり、アメリカ側の多くの民兵は長時間の戦闘で結束を保ちにくかった。

戦闘の経過

両軍が接触すると、イギリス軍は統制された攻撃をアメリカ軍戦線へ加えた。アメリカ軍の側面にいた民兵部隊は圧力に耐えきれず崩れ、その混乱がゲイツ軍の主力へ広がった。大陸軍兵士も戦ったが、次第に圧倒され、尊敬を集めていたバロン・ド・カルブを含む複数の上級将校が負傷または戦死した。戦闘は敗走で終わり、多数のアメリカ兵が戦死、負傷、または捕虜となった。

戦後と意義

カムデンでのイギリス軍の勝利は、しばらくの間サウスカロライナの広い地域に対する支配を確かなものにし、ロイヤリストの活動を後押しした。アメリカ側にとってこの敗北は戦争中でも特に深刻な逆転の一つであり、指揮系統の変更につながった。ゲイツ将軍の評価は落ち、やがて南部指揮から交代させられた。この会戦は、熟練した正規軍に対する民兵の限界を示し、その後の南部におけるアメリカ戦略にも影響を与えた。

交戦した部隊や結果についての追加情報は、アメリカ合衆国、アメリカ独立戦争イギリス陸軍に関する資料を参照されたい。