Wilhelm (later William) Steinitz (Prague, 17 May 1836 - New York, 12 August 1900) はオーストリアのチェスのグランドマスターで、最初にロンドンに移住し、次にアメリカに移住してきた。プラハ生まれでユダヤ系の家庭に育ち、若くしてチェス界で頭角を現した。ロンドン時代には多くの強豪と対局し、国際的な名声を築いたのちにアメリカへ渡って活動を続けた。
1886年から1894年までチェスの世界チャンピオンの座に君臨した。1886年の世界選手権は複数都市(ニューヨーク、セントルイス、ニューオーリンズ)で行われ、シュタイニッツはこの試合でヨハネス・ズカートルトを下して最初の“公式”世界チャンピオンとなった。
理論とプレースタイル
シュタイニッツはチェス理論に大きな影響を残した。ロマン派チェス(華麗な攻めや犠牲を重視する流派)に対して、ポジショナル(地味でも確実な小さな優位を積み重ねる)な考え方を確立したことで知られる。彼は
- 駒の配置やポーン構造などの静的要素の重要性、
- 小さな優位を維持して確実に勝ちにつなげる考え方、
- プロフィラクシス(相手の反撃を未然に防ぐ手筋)や長期的な計画の重視、
といった概念を体系化し、多くの著作や雑誌記事で論じた。代表的な著作としては英語の著書 The Modern Chess Instructor(1889年)などがあり、後世の棋士や理論家に強い影響を与えた。
重要な対局と晩年
シュタイニッツは1886年のズカートルト戦で頂点に立ったが、1894年に当時若手の台頭であったエマニュエル・ラスカーに敗れてタイトルを失った。さらに1897年にもラスカーとの再戦に敗れており、以後は公式タイトルの座から退いていった。晩年は精神的・経済的に困難な時期があり、1900年にニューヨークで亡くなった。
遺産
シュタイニッツは「近代チェスの父」とも称され、彼が築いたポジショナル理論は20世紀以降のチェス発展の基礎となった。戦術だけでなく理論的な面からゲームを理解する姿勢は、後のラスカー、カパブランカ、チェス理論全般に大きな影響を与え続けている。


