概要
1138という項目は、1137の次の自然数を指すことも、盛期中世の西暦1138年を指すこともある。年としては、ブリテン諸島での軍事衝突、レヴァント地方での壊滅的な地震、そしてドイツの王権政治における重要な変化で知られる。数としての1138は偶数かつ合成数で、2 × 569に等しい。ローマ数字ではMCXXXVIIIと表される。
西暦1138年の出来事
イングランドでは、この年はヘンリー1世の死後に起きた王位継承争い「無政府時代(アナーキー)」のさなかにあった。1138年8月、スコットランド王デイヴィッド1世率いるスコットランド軍が国境を越えて侵攻し、イングランド軍と対峙して北イングランドで標準旗の戦いが起こった。この戦闘は、アングロ=スコットランド関係と国境地帯の地方権力に強い影響を残した。
アレッポ地震
また、1138年11月の出来事とされることが多いのが、アレッポ周辺を震源とする大地震である。同時代のキリスト教徒とムスリムの記録には、町や要塞の広範な破壊、そして非常に多くの死傷者が記されている。この災害は、十字軍勢力と地域勢力の対立が続く地域において、都市生活にも軍事計画にも影響を与えた。
ホーエンシュタウフェン家の台頭
中央ヨーロッパでは、諸侯が1138年にホーエンシュタウフェン家のコンラート3世をドイツ王に選出した。彼の即位は、有力諸家のあいだで変化しつつあった勢力均衡のなかで重要な出来事であり、12世紀半ばにかけての帝国政治に影響を与えることになった。
数学的・歴史的注記
整数としての1138は素因数分解すると2 × 569で、偶数の合成数に分類される。歴史上の表記としては12世紀に属する。現存する当時の記録は多くの出来事について断片的であり、史料が食い違う場合には日付が慎重に扱われることがある。
遺産
- 標準旗の戦いは、国境戦争と中世の軍事慣行における役割で記憶されている。
- 1138年のアレッポ地震は、東地中海地域で最も破壊的な中世の地震の一つに数えられる。
- ホーエンシュタウフェン家の王の選出は、ドイツにおける帝国的野心と王朝間の対立が再び強まる時期の始まりとなった。