この選挙は、イリノイ州知事のアドレー・スティーブンソンドワイト・D・アイゼンハワー将軍との間で争われた。選挙戦は第二次世界大戦後の冷戦と朝鮮戦争への対応、そして国内の汚職疑惑や政治改革が大きな争点となった。アイゼンハワーは選挙人票で442票を獲得して勝利し、スティーブンソンは89票にとどまった。国民投票(一般投票)でもアイゼンハワーが優勢で、得票率はおよそ55%対44%とされる。

背景

現職大統領のハリー・S・トルーマンは、当時成立したばかりの修正第22条が現職大統領には適用されなかったため、法的には再出馬の資格があったが、トルーマン自身は出馬を辞退した。これを受けて民主党は党大会でアドレー・スティーブンソンを大統領候補に指名した。

候補者と選挙活動

  • ドワイト・D・アイゼンハワー — 第二次大戦の連合国最高司令官としての軍事的な功績と幅広い国民的人気を背景に、共和党の大統領候補となった。副大統領候補にはリチャード・ニクソンが選ばれた。アイゼンハワーは「朝鮮戦争を終わらせる」と公約し、冷戦下での安定と強い指導力を訴えた。
  • アドレー・スティーブンソン — 温和で理知的な弁舌で知られる民主党の候補。副大統領候補にはジョン・スパークマンが選ばれた。スティーブンソンは公正な政府と社会政策の維持を主張したが、戦争疲れや汚職追及の世論の前では逆風となった。

選挙の特徴と出来事

  • この選挙はテレビの普及に伴い、テレビ広告や短い演説が重要になった初期の選挙の一つで、アイゼンハワーの「I like Ike(アイクが好きだ)」といったキャッチフレーズが広く浸透した。
  • 副大統領候補のリチャード・ニクソンは、資金運用をめぐる非難を受けた際に「チェックのスピーチ(Checkers speech)」で国民に訴え、炎上をかわして公認の座を維持した。このスピーチはテレビを通じた直接訴求の典型例となった。
  • 共和党内では保守派の上院議員ロバート・A・タフトらとの対立があり、党大会での駆け引きの末にアイゼンハワーが指名された。

結果と影響

アイゼンハワーの勝利は、民主党が長年占めていた大統領の座を共和党が奪回した象徴的な出来事となった。選挙結果は国民の戦争への疲労感、汚職に対する不満、冷戦下での強い指導力への期待を反映している。アイゼンハワー政権は翌年に朝鮮戦争の休戦交渉を促進するなど、1950年代の国内外政策に大きな影響を与えた。

年齢に関する注記

アイゼンハワーは当選時62歳であった。高齢の候補者が当選したのは、1856年にジェームズ・ブキャナンが65歳で当選して以来のことであり、同じような高齢当選は次に起こるのが1980年の69歳のロナルド・レーガンまで待たねばならなかった。