ローマ法王ベネディクト15世
ローマ教皇ベネディクト15世(ラテン語:Benedictus PP.XV; 伊: Benedetto XV, 1854年11月21日 - 1922年1月22日)は、ローマ・カトリック教会のイタリア人司祭で、1914年から1922年に亡くなるまでの第259代教皇である。
彼の教皇職は、第一次世界大戦によって大きく影を落とされた。
プリースト
デラ・キエーザは、1878年12月21日に司祭に叙階された。
カーディナル
1914年5月25日、ジャコモ・デラ・キエーザは枢機卿に任命された。
ポープ
1914年、デラ・キエーザ枢機卿がローマ法王に選出され、ベネディクト15世と名乗ることになった。
ベネディクトによりジャンヌ・ダルクが列聖される。
1918年、教皇ベネディクトは、1919年のパリ講和会議に参加するよう懇願したが、除外された。
ベネディクト15世は、「キヤノン法」の制定に貢献した。
ベネディクト15世は、イタリア王国がローマを手にして以来、4人目のローマ法王である。
死と遺産
ベネディクト15世は1922年1月初旬に肺炎(インフルエンザ)に罹患した。1922年1月22日、死去。イタリア政府は国旗を半旗にし、ベネディクト15世はローマ教皇として初めてこのような形で追悼された。
2005年、ローマ法王ベネディクト16世は、「ベネディクト」という名前を選んだ理由をこう語っている。
「私は、激動の戦時下において教会を導いた勇気ある平和の預言者である教皇ベネディクト15世を思い出します。彼の足跡を辿りながら、私は民族間の和解と調和に奉仕する務めを果たします。"
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