ロバート・サージェント・シュライバー・ジュニア(1915年11月9日 - 2011年1月18日)は、アメリカの政治家・公共奉仕者であり、1961年から1966年まで平和部隊の初代長官、1964年から1968年までOEO(Office of Economic Opportunity)の初代長官、1968年から1970年まで第21代駐仏大使を務めた。公職では主に貧困対策や国際的ボランティア活動の創設・整備に尽力し、アメリカの社会福祉政策と国際協力に大きな影響を与えた。

略歴と公的経歴の概観

シュライバーは民間での経歴と第二次世界大戦での軍務を経て、1960年代に公職に転じた。ケネディ政権の下で平和部隊の立ち上げに深く関わり、若者の国際奉仕を制度化することで、発展途上国との人的交流と技術支援の枠組みを確立した。その後、ジョンソン政権の「貧困との戦い(War on Poverty)」においてはOEOの初代長官として、地域社会への支援プログラムやボランティア活動の組織化に取り組んだ。

平和部隊とOEOでの役割

平和部隊では設置の指導と制度構築を主導し、米国の国際的イメージ向上と現地の人材育成を両立させることを目指した。OEOでは、教育・職業訓練や地域振興、貧困層支援のための各種プログラムの策定・実施に携わり、ボランティア制度や地域ベースの支援体制の整備に寄与した。こうした活動は、1960年代の社会政策やコミュニティ開発に長期的な影響を与えた。

駐仏大使として

1968年から1970年にかけては第21代駐仏大使を務め、当時のフランス国内の政治・社会の変動に対応しつつ、米仏関係の維持・強化に努めた。文化交流や経済関係、同盟国としての協議を通じて両国関係の信頼醸成に貢献した。

1972年の大統領選と副大統領候補

1972年の大統領選では、民主党候補のジョージ・マクガバンと共に副大統領候補に指名され、選挙戦に参加した。しかし、最終的には現職のリチャード・ニクソン大統領と副大統領候補のスピロ・アグニューに敗れた。

活動家としての側面と晩年

公職退任後もシュライバーは市民社会や福祉分野での活動を続け、公共奉仕や社会福祉の重要性を訴え続けた。ケネディ家と縁戚関係にあり、幅広い人脈を活かして社会サービスや慈善活動に関与した。2011年1月18日に95歳で死去するまで、米国の現代史における重要な公的リーダーの一人として評価されている。

評価:シュライバーは、制度を作り上げる実務家として、平和部隊やOEOを通じて若者の国際奉仕や貧困対策の基盤を築いた点で高く評価されている。彼の仕事は国内外のボランティア活動やコミュニティ開発プログラムの発展に寄与した。