クロアチア解放運動クロアチア語: Hrvatski oslobodilački pokret, HOP)は、クロアチアのマイナーな極右政党で、主に亡命中のクロアチア人によって結成されました。歴史的にウスタシェ民族主義的な思想を持ち、ファシスト的な傾向が強かった運動です。第二次世界大戦後、ウスタシェの指導層を巡って幾つかの分裂や争いが生じました。1956年、Ante Pavelićはブエノスアイレスでクロアチア解放運動を結成し、HOPはオリジナルのウスタシェ組織の後継・継承を主張する立場を取るようになりました。1990年代初頭のユーゴスラビア崩壊に伴って、HOPは1991年にザグレブに拠点を移し、政党として登録されました。1997年にはスプリットの聖ドミニコ教会でウスタセの指導者パヴェリッチの鎮魂ミサを行ったことで世間の注目と非難を浴びました。

起源と歴史的背景

HOPの起源は、第二次世界大戦期の独立国家クロアチア(NDH)を率いたウスタシェ運動と切り離せません。ウスタシェは戦時中に民族浄化や大量虐殺を行ったとの非難を受けており、その流れをくむ政治勢力や亡命者グループは戦後も散在していました。HOPはそのような亡命コミュニティの中から1950年代に結成され、戦後のウスタシェ指導層の影響力を保とうとする勢力の一つと見なされています。

イデオロギーと主張

  • 民族主義的な立場を強調し、クロアチアの独立や民族的利益を中心に据えた主張を行います。
  • 歴史の解釈に関してはウスタシェやその指導者を再評価・擁護する傾向があり、これが国内外で論争を呼んでいます。
  • 時として極右的、排外的な言説や象徴を用いることがあり、これがHOPを主流政治から遠ざける要因になっています。

1990年代以降の動向

ユーゴスラビア解体後の混乱期に、旧亡命勢力や極右グループの一部がクロアチア国内で活動を再開しました。HOPは1991年にザグレブで正式に政党登録を行いましたが、国政レベルでの影響力は限定的にとどまりました。1997年のパヴェリッチ追悼ミサは大きな注目を集め、歴史的な記憶と責任の問題をめぐる国内外の議論を再燃させました。

社会的反応と法的・政治的評価

HOPやウスタシェの再評価を巡っては、犠牲者やその遺族、学術界、市民団体から強い反発があり、しばしば抗議や非難に直面します。クロアチア国内では、極端な民族主義やヘイトスピーチに対する警戒が強く、公共の場での旧極右勢力の象徴・行為については批判的な見方が根強いです。欧州諸国や国際人権団体も、過去の暴力や差別に関する無批判な擁護には懸念を示しています。

現在の状況と影響力

HOPは組織的には存在しているものの、現代のクロアチア政治における支持基盤は小さく、主要政党と比べて選挙での実績は乏しいです。公共の議論やメディア報道では、HOPのような極右グループは歴史認識や記念行事をめぐる象徴的な争点として取り上げられることが多く、社会的な緊張を引き起こすことがあります。学術的・市民的な取り組みとしては、過去の人権侵害の検証や被害者の記憶をどう扱うかが継続的な課題となっています。

まとめ:HOPはウスタシェの流れをくむ極右系の小規模政党であり、その存在はクロアチアにおける歴史認識、民族主義、民主主義に関する重要な論点を投げかけます。ただし、現実の政治的影響力は限定的であり、多くの市民や国際社会からは批判的に見られています。