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ジョン・ローパー男爵(1935年–2016年)

ファーンワース選出の英国下院議員として活動し、労働協同党から社会民主党(SDP)へ移籍。のちに自由民主党の一代貴族となり、貴族院の要職を務めた英国の政治家。

概要

ジョン・フランシス・ホジェス・ローパー(ローパー男爵)(1935年9月10日–2016年1月29日)は、庶民院と貴族院の双方で活動した英国の政治家である。議会での勤務と政党運営上の役割で知られ、下院議員としてイングランド北部の選挙区を代表した後、社会民主党に加わり、さらに自由民主党所属の貴族として叙爵された。しばしば単に英国の政治家と紹介される。

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議会での経歴と政党所属

ローパーは1970年、ファーンワース選挙区選出の庶民院議員に初当選した。下院での経歴は、労働協同党所属の議員として始まった。1981年、当時広く記録されている英国政治の再編のなかで、労働党を離れ、新たに結成された社会民主党(SDP)に加わった。同党は政治的中道を目指す政党であった。SDPでは党運営の役割を担い、庶民院における院内幹事長となった。これはSDP所属議員の規律維持と調整に責任を負う職務であった。

1983年選挙と庶民院からの移行

選挙区境界の変更により、ファーンワース選挙区は1983年総選挙前に廃止された。ローパーは同選挙で隣接するウォーズリー選挙区から立候補したが、選挙戦は激しいものとなり、主要政党の候補者に次いで落選した。このため、13年間にわたる下院議員としての活動を終えた。この転機を経て、選挙区政治の最前線から、後に上院を中心とする役割へと活動の重点を移した。

叙爵と貴族院での活動

2000年5月12日、ローパーはウェストミンスター市のソーニー島にちなむローパー男爵として一代貴族に叙された。貴族院では自由民主党に所属し、2005年まで同党の貴族院院内幹事長を務めた。その後、年功と助言者としての地位を反映して、枢密院の構成員に名を連ねた。2008年には委員会主席首席副議長に選出され、貴族院における法案審査と委員会業務の進行に関わる手続上の職務を担った。2015年5月23日に貴族院を退任した。

役職と責任

  • ファーンワース選出庶民院議員(1970年–1983年)
  • 労働協同党所属議員、後にSDPの政治家および庶民院院内幹事長
  • 一代貴族(2000年以降)および自由民主党貴族院院内幹事長
  • 委員会主席首席副議長および枢密院構成員

晩年と遺産

ローパー卿は正式な退任の直前まで議会活動を続けた。長期の病気の後、2016年1月29日に80歳で死去した。その経歴は、20世紀後半の英国政治におけるいくつかの主題を示している。すなわち、1980年代初頭の労働党分裂後に生じた政党間の所属変更、小政党が議会運営を形作るうえで果たした役割、そして経験豊富な庶民院出身者が貴族院で影響力のある手続・運営上の地位へ移行したことである。党内規律と委員会運営における彼の仕事は、英国の立法審査を支える制度的継続性の一部として記憶されている。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com ジョン・ローパー男爵(1935年–2016年)

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/50790

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