スローターハウス5(1969)とは:ヴォネガットのドレスデンとタイムトラベルの半自伝的戦争小説
スローターハウス-ファイブ」は、アメリカの作家カート・ヴォネガットによるSF小説です。1969年に出版されて以来、世界中で人気を博し、ヴォネガットの代表作のひとつとされています。作品は、第二次世界大戦中にタイムトラベルしたアメリカ兵ビリー・ピルグリムが、連合国軍の爆撃を受けたドイツの都市ドレスデンに滞在する半自伝的な物語です。
あらすじ(簡潔に)
主人公ビリー・ピルグリムは、偶然の果てに時間を自由に行き来するようになります。幼少期、結婚、戦争捕虜としてのドレスデン体験、戦後の平凡な生活、そして異星人〈トラルファマドール人〉に連れ去られる出来事などが、過去・現在・未来を行き来する形で語られます。物語の中心には1945年のドレスデン爆撃の記憶があり、作者自身の経験に基づく描写が強く印象に残ります。
特徴と主題
- 戦争の無意味さと悲惨さ:ドレスデン爆撃の場面は生々しく、戦争がもたらす破壊と人間の無力さを浮き彫りにします。
- 時間と自由意志:ビリーが体験する「時間の非直線性」は、運命や自由意志についての哲学的な問いを投げかけます。
- ブラックユーモアと諧謔:深刻な主題を扱いながらも、ヴォネガット特有の乾いたユーモアが随所に現れます。死や悲劇に対する反復句“so it goes”(原文)の扱いも象徴的です。
- 半自伝的要素:作者自身が第二次大戦で捕虜となりドレスデンの破壊を目撃した実体験が物語に反映されています。
構成と語り口
物語は時系列に沿わない断片的な構成をとり、章ごとに場面が飛ぶことで読者に記憶やトラウマの断片性を体感させます。語り手はしばしば作者の視点を帯び、語りと現実の境界が曖昧になるメタフィクション的手法が用いられています。
主な登場人物・用語(概略)
- ビリー・ピルグリム:主人公。第327師団の兵士で後に光学士(optometrist)。タイムトラベルと精神的分裂の境界を行き来する人物。
- トラルファマドール人:ビリーを博物館展示のために連れ去る異星人。時間を「見る」存在として描かれ、運命観を象徴します。
- “so it goes”:死や終わりの直後に何度も繰り返されるフレーズ。死の常態化と無常を表す象徴的表現です。
評価と影響
発表当時から高い評価を受け、反戦文学の代表作として広く読まれてきました。批評家や学者は、その革新的な構成、風刺の効いた語り口、戦争体験の表現力を評価しています。一方で、宗教的・倫理的観点からの批判や、成人向け表現を理由に学校図書採用で論争になることもありました。演劇や映画、ラジオドラマなどに翻案され、現代文学やポピュラーカルチャーにも大きな影響を与えています。
映像化・翻案
小説は映画や舞台、ラジオなどに翻案されています。映像化作品では原作の時間跳躍や内面描写をどのように視覚化するかが制作上の課題となりましたが、いずれの媒体でも原作の持つ反戦的メッセージと独特のユーモアが重要視されています。
読むときのポイント
- 断片的な時間の進行に慣れると、作者が意図する記憶やトラウマの構造が見えてきます。
- ユーモアや短い定型句(例:“so it goes”)に注目すると、作品全体の皮肉や諦観が読み解けます。
- ヴォネガット自身の経験を踏まえ、戦争と記憶の関係を個人的視点で味わうことができます。
総じて『スローターハウス-ファイブ』は、戦争文学とSF的想像力を融合させた独自の作品であり、20世紀の英語文学を代表する重要な一冊とされています。
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1945年のドレスデン爆撃の際、主人公ビリー・ピルグリム(そしてカート・ヴォネガット自身)が避難した「スローターハウス-ファイブ」だったところのモダンな写真です。
プロット概要
この小説は、アメリカ人兵士、ビリー・ピルグリムの物語を描いている。ビリーは、文学でいうところの「信頼できない語り手」である。彼の体験は、読者に正確には真実ではないと思わせるような書き方をしている。これを反映して、この小説はノンリニア方式で構成されている。つまり、出来事は必ずしも起こった順番に書かれていないのだ。ビリーは宇宙人(トラルファマドリアン)に連れ去られ、彼らの故郷の惑星で動物園生活を送ることになり、戦争中の話は中断される。また、彼は「時間が止まったまま」になってしまい、フラッシュバックのランダムな順序で自分の人生を体験することになる。