連合国(または「第二次世界大戦の連合国」)は、第二次世界大戦で枢軸国と戦った国々の総称です。連合国側は最終的に枢軸国を打ち破り、戦争は1945年に終結しました。連合国という呼称は、1942年1月1日の「国連に関する宣言(Declaration by United Nations)」で広く使われるようになり、米国大統領フランクリン・ルーズベルトらがこの枠組みを推進しました。主な大国は一般に「ビッグ3」と呼ばれ、イギリスアメリカソビエト連邦が中心的役割を果たしました。これらの国々は政治・軍事面で連携し、枢軸国に対する戦略的協調を進めました。

ビッグ3と主要指導者

ビッグ3の代表的指導者は、イギリスのウィンストン・チャーチル、アメリカのフランクリン・D・ルーズベルト(後にハリー・S・トルーマン)、ソビエト連邦のヨシフ・スターリンでした。これら三国は戦時会談(テヘラン会談、ヤルタ会談、ポツダム会談など)で連携と戦後処理について協議しました。

参加国の範囲について

「連合国」に含まれる国々は時期や立場によって異なります。以下の一覧は、戦争中に連合国側として宣戦布告した、あるいは協力・支援を行った国々を含む代表的な一覧です。植民地や自治領(イギリス連邦諸国など)、亡命政府や臨時政権、一時的に立場を変えた国も含まれます。

補足・注記

上の一覧には、植民地や自治領(例:オーストラリアカナダニュージーランドインドなど)として大英帝国と行動を共にした地域や、亡命政府として連合国側に立った国(例:ポーランドノルウェーベルギーネザーランドフランス(自由フランス運動を含む)など)も含まれます。ラテンアメリカ諸国の多くは1941年以降に枢軸国に対して宣戦布告または政治的支持を表明しました。

表記についての補足:一覧中のちゅうごくは当時の中国(主に中華民国、指導者は蒋介石)を指します。や略称の表記は、元の一覧の表記を保持しています。

立場を変えた国々

一部の国は、戦争の経過によって立場を変えました。例えば、ルーマニアブルガリアフィンランドは当初枢軸側または枢軸国と協調して戦った期間がありましたが、1944年頃から戦況の変化に伴って連合国側に転じたり、停戦や反独立場へと移行しました。イタリアは1943年のムッソリーニ失脚と休戦(イタリア降伏)により枢軸側から離れ、以後南部政権は連合国側に協力しました(一方で北部には枢軸側の傀儡政権が残りました)。

戦後への影響

連合国の勝利は戦後国際秩序の形成につながり、戦争終結後には戦争責任の追及、国際連合(国連)の創設、経済・安全保障面での新しい協力体制(ブレトン・ウッズ体制等)などが進められました。一方で、戦後は冷戦構造の始まりとなり、かつての同盟関係は次第に米英・ソ連の対立へと変化していきます。

このページの一覧は主要な参加国や関連勢力を示すもので、領土の帰属や政府の正当性、参加時期と役割などは国によって異なります。より詳しい個別の経緯や年表については、各国の項目や戦史の専門資料を参照してください。